帯広実家 帯広実家の薔薇
仕事が8月18日までどうしても休めなかったために、18日の夜の便に乗って北海道の実家に帰省したのだが……ついたのが夜だったせいか空港から出たら「す、涼しい……っつーか、寒い!?」とか思ったんですが、やっぱり帯広も地球温暖化の宿命からは逃れられず、昼間の最高気温は31度と暑い! そりゃ東京に比べればマシかもしれんが暑いもんは暑い。で、妹とかタクシーの運ちゃんとかに聞いても今年のこの暑さはやっぱり異常だとのことだ。でも、きっと例年通り、私が東京に戻ったら涼しくなるものと思われる。

とかち帯広空港の張り紙 ヒグマがお出迎え
18日の夜に帯広空港に降り立ったら「口蹄疫/侵入防止にご協力をお願いします」のポスター。さすが酪農王国・十勝。そして今まで何度も見たはずなのに、荷物受け取りエリアのヒグマ像に今更ながらにぎょっとする。

壊れ物DVDはもちろん「ハゲタカ」 帯広の本屋の平台
荷物の中にDVDを突っ込んで来たので「壊れ物/DVD」の札がついている。もちろん、わざわざ持ち帰ったDVDは「ハゲタカ」だが、これを帰省してみながら何してたかっつーと、まあコレだった訳で、実に実りがない夏期休暇であったことだ(てへっ)。そして写真右は帯広の本屋の平台。すっごーーーーく寂れた感のある某デパートの中にある巨大書店では龍馬伝本の上にあの「大森南朋 さもあらばあれ」(参照:7月11日「「さもあらばあれ」大森南朋」)が。この本屋さん、この地域にしては品揃えが非常に豊富なのだが……あまり人影がなくて(お盆時期のせいか?)この平台に目を留める人も少なさそう。

ゴミの分別はややこしい
帯広はゴミの分別が非常に厳しく、私のような面倒くさがりにはとても出来そうにないが、母はきちんと納豆のパックもきれいに洗って分別してましたよ。

六花亭で色々買ってしまう
そしてちょっと出かけて六花亭に立ち寄ると、基本的に甘いものは食べない私だが(参照:4月4日「鷲津チョコ(HINT INDEX BOOK) 」、2007年4月26日「さすがアメリカもんは破壊力が違う」)ついつい買ってしまう。六花亭の本店には賞味期限限定のお菓子がたくさんあるし(2時間以内とか3時間以内ににお召し上がりくださいというヤツがあるんである)、どれもおいしそうなのでつい食べたくなってしまうのだが……甘いものは食べないのでせっかく買ったのにいまだに実家の冷蔵庫の中だ。あと4時間でここを出なくちゃならないから、早く食べなくてはー。

妹の家の猫達1 妹の家の猫達2
こっちのネコ達は今年に入ってから妹の家の家族になった連中(トリ猫家族「すずとなつ」)。確かに人懐っこいネコ達で、初めて見た私に対しても全然動じない……っつーか、人の膝の上で寝てたりして。ちなみにこの2匹の区別がつかないって言ったら、先に帯広に来ていた子どもに「雀みたいな背中がすず、人なつっこいのがなつでしょ」と言われちまっただよ。

さてー、今日の夕方には東京に着いてー、明日からはまたお仕事だーーー(泣)。この帰省中に色々やろうと思ったのに、やっぱりダラダラしてただけだったな。「ハゲタカ」の全台詞起こしもドラマ版第1話しかできなかったし(←バカ)。はぁ……(遠い目)。でもまだ夏休みは残っているから、突発的に休んじゃおうかなーー。
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子どもが作った雪だるま
今現在帯広の実家でダラダラ生活をしていて、母親のPCを借りて色々書き込みをしたり、メールの返事を出したりしている。そのついでにWindows Updateをチェックしたり、ファイルが変な所にまぎれてたりしてないかチェックをしてPCの掃除や整理整頓をしているのだが(ユーザーが保存場所のディレクトリを考えないで保存することがあるので、変な所に変なファイルがあったりするのだ)、それを見ていた母親が言ったのである。

「色々花の写真が出てくる奴にさ、変な写真が入っているからなんとかしておいて」
「……?? 何それ」
「ほら、パソコンを使わないでいると写真が色々出てくるでしょ」
「あー、スクリーンセーバーね」
「そう、それ。それに変な男の人の写真が出てきて気味が悪いから、片づけておいてよ」
「はあぁ?? 変な男の人? なんだ、それ」
「なんか映画の場面みたいな」
「あーーーーーー……、あれか……」
母親のPCのスクリーンセーバーには、My Pictureに置いてある写真を表示するように設定してあるのだが、置いてある写真は主に花の写真と家族の写真である。しかし去年の夏、ブログ記事を書くために、母親のこのPCのMy Pictureの下に仮置きディレクトリを作って映画「ハゲタカ」関連の写真を置いておいたんだったよ。東京に戻る前に消そうと思ってすっかり忘れていたのだった。うーん、じゃ8月から今まで、ずっとあれが実家の茶の間で表示されちゃってたのか。

↓変な男の人の写真の一部(笑)
鷲津政彦8 「あぶく銭はいいように使ってやらないとな」
ハゲタカ2 鷲津政彦in土曜ドラマ 
ええ、早速余計な写真は削除してスクリーンセーバーには出ないようにしましたともさ。
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羽田空港の本屋 取扱注意(DVD)
前日、今年の暮れの一大イベントを終えて(1月1日「コミックマーケット77に行ってきました。」)、12月31日は札幌の子どもの父方の実家に向かったのだが、行く前にその札幌のおばあちゃん(マイケル・ジャクソンファンの73歳。私にとってはいわゆる姑である)から電話があったのである。
「あのさ、「ハゲタカ」って1月にならないと見られないのかい?」
「はい??」
「いや、S子さん(←私のことだ)がそんなにハマっているなら見てみたいんだけどさ」
「あーー……。えっと、ドラマ版のDVDならあるんだけど、私がハマったのはそのドラマ版の続編の映画版の方なんだよね。で、映画版のDVDは1月15日にならないと販売しないからさ」
「あら、でもあるなら見たいから持ってきてよ」
……というわけで、おばあちゃんに見てもらうべく(ま、そうでなくても帯広の実家で自分が見るために持っていく予定だったが)旅行かばんにドラマ「ハゲタカ」のDVDを詰め込んで羽田にGO! ですよ。

羽田では前回同様に本屋の平台をチェック(2009年8月19日「ハゲタカ廃人的バカンス」)。おお、まだ映画「ハゲタカ」原作の「レッドゾーン」が並んでいますよ。……なんでだろう。で、空港の手荷物カウンターで鞄を預けたのだが、「貴重品、壊れ物はありませんか?」と聞かれたので、出しておいてくださいって言われるかなと思いつつ「中にDVDが入ってますが」と言ったらわざわざ壊れ物タグに「DVD」と書き込んで鞄に取り付けてくれたのである。ふっ、わざわざ「DVD」って書くってなんか特別っぽい(ま、私にとっては「ハゲタカ」はもちろん特別だが)。。

さて札幌に到着した12月31日の夜はおばあちゃんと義妹のK子ちゃんのおいしいごはんと酒で「紅白歌合戦」を見てだらだらすごし(いやー、小林幸子の衣装っつーか、装置には開いた口がふさがらなかったよな)、翌日は朝の9時まで寝てて、朝ごはん食べて酒飲んでダラダラして、昼寝をして、昼ごはん食べて酒飲んでダラダラしてたら、おばあちゃんが「さ、「ハゲタカ」見せて!」ときたのである。

ううううむ。ドラマ「ハゲタカ」は表向きは経済ドラマである。若い人や私と同年代の人にだって結構拒否感があるかもしれないような類のドラマなので、おばあちゃんのお口に合うもんなのかちょっとしりごみしつつも、ドラマ「ハゲタカ」のDVDをK子ちゃんに差し出す。K子ちゃんがDVDをセットしていよいよドラマ「ハゲタカ」視聴開始。……ええっと、開始10分ほどで横になってみていたおばあちゃんのいびきが聞こえてきましたよ。うーん、そうだよね、キャストは超地味だし、ドラマ自体もあまりつかみはOKなドラマじゃないしね。しかしK子ちゃんの方の反応は意外と悪くなく(笑)、1話の半分くらいのところで西野昭吾(宇崎竜童)を指差して「もしかしてこの人が(鷲津を)撃ったの?」と聞いてきたり、「実際にこういうことってあるよねぇ、きっと」とつぶやいたりで、なかなかの反応。

3話を見終ったところでいったん休憩し、夕ご飯を食べて酒を飲んでダラダラし、また夜に第4話と第5話を視聴。このまま最終話までいくかと思ったが、「あとは明日の朝イチに見るから」と本日分の視聴はおしまい。私や同僚の練馬のS嬢が自宅に届いたドラマDVDを夜中も続けて見続けてしまったのとは違って、やはり節度ある大人はこうなのね(笑)。

そして翌朝もダラダラ寝ていたら居間の方から「EBOだ」という鷲津(大森南朋)の声が聞こえてきましたよ。K子ちゃん、本当に朝イチで「ハゲタカ」、見てました。私が居間の方に行くと「いや、もう時間がないじゃないの」と言っているので何かと思ったら、この残り時間で本当に物語が終わるのか心配していたようで、鷲津が反撃に出て大賀社長(松重豊)にEBOを申し出たところで「おお」、「社長には芝野(柴田恭兵)を」と言ったところで「あら」と言ってました。ふふふ。さらに未公開シーンも視聴して「これ本編に入っていたほうがよかったんじゃない?」とか言っていましたが、しかし見終わっての反応は(たぶん普通に)「面白かったわ」でした。さすがにK子ちゃんを廃人化するのは無理だったか(笑)。まあ私もドラマ版では別にハマらなかったんだよなー。

しかしこのドラマDVDを見ていた私の方は激しく映画「ハゲタカ」への渇望を刺激され、「ちくしょーーーーー、私が見たい鷲津はこんな若造じゃねええええぇぇっ、映画だ、映画の鷲津を見たいんだようぅぅぅう」と心の中で叫んでおりました(笑)。ああ、映画DVD発売日まであと13日、待ちきれないっ。

そしてK子ちゃんの「ハゲタカ」観賞が終わるのを今か今かとまっていたおばあちゃんは、すかさずケーブルテレビでやっていた「渡る世間は鬼ばかり」にチャンネルを切り替えたのだった。目に飛び込んできた「渡鬼」はなんと第1シリーズ(1990年10月11日~1991年9月26日)ですよ。ちょうど20年前か。なんか20年前とは思えない話の古さだったなあ。男はこうあるべき、女はこうするべき、妻は、母は、という昔ながらの役割の押し付けがましさに、思わず「うっせぇ!」と叫んでしまいそうでした。しかしこの渡鬼に唐沢寿明や香川照之、伊藤敦史(子役)が出ていたなんてしらなかったなあ。

オスカルとジャガポックル
ところで12月30日、帰宅してから自分の顔をあらためてじっと見てみてびっくり。疲れと睡眠不足で肌が荒れてボロボロなのはしかたないとして、目の下のしわと隈がすごいことに。荒れた生活を送っていた12月の付けがやっぱりばっちり来ていたのね。まさに「廃人」そのもの、がっくり……。

そんな訳でその場しのぎのお手当てに買ってみたのがコレ、「密着マスク ベルサイユのばら オスカル深層若潤輝」(笑)。「守り続けたい乙女の輝き」ですってよ。裏には「もう離れない、離さない。守ってやりたい、お前の無垢肌」とあり、ハナから乙女でも無垢でもない私なんぞお呼びでないのだがそれはおいておく。使ってみても感想は……少し潤ったような気もするが、「どう? さっきと違ってる?」と子ども(11歳)に聞いてみたところ「大人のお肌のことはよくわからない」と言われてしまいましたよ。ちっ。
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さて、ダラダラした日々を率先して行うために(←意味不明)がレンタルビデオ屋に連れて行ってくれました。目的は「(NHK版)クライマーズ・ハイ」「キャッチボール屋」「チルドレン」「殺し屋1」を借りることだ。帯広のTSUTAYAはそれなりの広さだったが、ドラマDVDが細かくジャンル分けされているので、非常に探しづらい。しかも探そうとしてういる作品の内容をまったく分かってないために、ジャンルなんぞ探しようがない状況だ。

妹「「キャッチボール屋」ってどんな話?」
私「わからん。とりあえずもしかしてほのぼの系かな?」
YouTubeで予告編を見る限りではほのぼのしていたんだけど。
妹「ここのファミリー向けのところかなあ」
私「たぶんこっちのコメディとかお笑い、アクションでもないのは確かだと思うんだけど、何せ内容が分かってないので断定できない」
妹「「クライマーズ・ハイ」はここにあるよ!」
私「……違う! 堤真一のじゃなくて佐藤浩市のやつだよ」
妹「違うの? じゃこっちの棚かな」
私「ジャンル分けが細かすぎて何が何だかわかんねーな。全部タイトルの50音順になっていた方がずっと探しやすいのに」アクション、お笑い、コメディはともかく、青春ものだのファミリーものだの細分化が激しい。
妹「「ヴァイブレータ」ならあるけど……でも、これはお茶の間で見るのはどうかと」
私「そうだよね、私もこれはあらすじチェックしたけど、子どもと母親の前でみる勇気はないよ……」
妹「他には?」
私「「チルドレン」と「殺し屋1」なんだけど」
妹「どんな話?」
私「「チルドレン」はさっぱりわからん。「殺し屋1」はタイトルから言ってアクション系の棚にあるのかなあ?? とりあえず「クライマーズ・ハイ」は店員さんに聞いて見よう」

帯広TSUTAYA
というわけでTSUTAYAの店員に聞いてみたところなんと目立つところにあった「ハゲタカ」コーナー(↑写真参照)に置いてありました。すっげー。何がすごいって、帯広では映画「ハゲタカ」を上映した形跡がないのにもかかわらずこんなコーナーができていることにだ。まあスポンサーのTSUTAYAだから全国展開でキャンペーンしているのかもしれないけど。でもこのNHK版「クライマーズ・ハイ」は前後篇で1本ずつしかないため貸し出し中で借りられず。その後レンタルビデオ屋にはもう一軒連れて行ってもらったがここでも「クライマーズ・ハイ」は見当たらず、結局レンタルビデオ屋で借りるのは断念だ。

その後実家でドラマDVDの鑑賞だ。実家のテレビは42インチなのでうちよりも大画面での鷲津が楽しめるわけですよ。それで母親に「DVD見るのはどうやったらいいの?」と聞いてみたところ、「居間のテレビではDVDは見られないよ」と想定外の答えが。言われて良く見りゃDVDのデッキがないし、テレビにも付いていないようだ……。「え? じゃあ2階のテレビだったらDVD見られる?」「いや、VHSならみられるけど」「……」「DVDはパソコンで見れるからいいでしょ?」。……それは考えて無かったよ。でもないよりはましか。そんなわけで母親のPCでドラマ版「ハゲタカ」を見てみるも、DVD鑑賞にはどうもスペックが厳しいのか、ときたまフリーズしたりカクカクしたりで、ちょっとしんどいわ~。でも見るけど。

そして第1話を見終わったところで愕然、だよ。私はドラマ版第1話はリアルタイムでは見て無くて、映画を見てから初めて見たら「映画版はここまでドラマ版をベースにしていたのか!?」とびっくりしたのだが、今日2回目の第1話を見て、さらにこのドラマ版も1回見ただけじゃなんもわかってなかったわーーーと思った次第。あーあ。なんというかさー、映画版は別にドラマ版視聴者へのサービスでドラマ版の各エピソードをなぞっていたわけでもないしドラマ版のキャストをそのまま出していたわけじゃなかったのね。キネマ旬報の「ハゲタカ」評では「映画なのにテレビと同じことやってどうする」みたいな文章が載っていたけど、違うのよ。映画版は映画版で楽しめる作品なんだけど、ドラマ版を見た後で映画を見た人には、重ねて見ることで完成されてゆくある種の絵画のような効果をもたらしているのね。ううううむ。

さて、母親のPCは居間にあるので母親が掃除をしたり片付けをしたり食事の支度をしたりする横でずっと「ハゲタカ」を見ていたのだが、そのうち私の後ろで立ち止まって「ハゲタカ」をちろちろ見始めていたのである。そうはいっても最初は本当に家事の合間にちらっとみている感じだったのだが、そのうち「この柴田恭兵はなんなのさ」「松田龍平はなんなの?」と聞いて来たのだ。そのたびに「柴田恭兵は銀行員で、中尾彬が上司」「栗山千明はテレビ局の経済記者」「松田龍平は老舗旅館の一人息子なんだけど、昔、鷲津にその旅館が買いたたかれていろいろあって、今はIT企業の社長なのよ」などと説明するはめに。そしたらだんだんと母親が私の後ろで立ち止まる時間が長くなり、第4話を見るころには椅子を持ち出して見てましたよ。

しかしもともと飛び飛びに見ていた上にこの内容で、なおかつ見るたびに鷲津が同じ人物に見えないらしく鷲津が出てくるたびに「この人誰さ」と聞かれる始末。

「さっきの鷲津だよ」
「ふーん。三島製作所って、この男とどういう関係があるのさ」
「鷲津が銀行員をしていたときに担当していたのがこの三島製作所で、鷲津が上司の命令で貸し渋りをしてお金を貸せなかったことでここの社長が死んじゃったの。この女の人(三島由香)はその社長の娘。それで鷲津は自分を責めて、それがすっごく大きな心の傷になって、銀行を辞めてアメリカにわたって、それから日本に戻ってきて今はハゲタカと呼ばれるような存在になっているわけ」
「ふーん。この女(三島由香)、この男(鷲津)のことが好きなんじゃないの?」
「ドラマ内にそういう描写はない」
「ふーん。でもそうなるんじゃないの?」
「それを予測できるような描写はない」
「松田龍平ってまだ若いよね?」
「そうね」
「なのに社長役なのかい?」
「そこはほら、IT企業だってえのがミソなのよ」
「ふーん。役者ってさ、全然違うのにその役に本当になりきるよね」
「……(誰を見て言っているのかな?)」
「市原悦子だって家政婦から社長夫人まで幅広くやれるもんね」
「……(ここで市原悦子を持ち出すか!?)」

というとんちんかんな会話を続けながらの鑑賞ですよ。そして。

「これ、あとどれくらいで終わるのさ」
「今、第5話の真ん中あたりで、全部で6話だからあと1時間半はかかるね」
「えーーーー、5時から夕食の支度を始めるのに」
「……(えーーーーー!!)じゃ5話が終わったら止めておくから夕食終わったら6話を見る?」
「いや、そこまではしなくていいわ」
「……ふうん。じゃ、私はこのまま最後まで見るけど」
「いいよ、見なよ」

しかし夕食の支度を始めてもちょろちょろ後ろに立たれるので私が気になる以上に、そんな見方じゃ話がわからないんじゃないか?と心配になる。
「これさ、この男(鷲津)と柴田恭兵と松田龍平が最後に手を組んで終わるんじゃないの?」
「……(!?)いや、ま、最後まで見たらわかるから」
「お楽しみってやつかい」
「……いや、まあ、最後まで見てみたら」

というわけで夕食の支度の合間に結局第6話の最終シーンを見た母親の感想は「やっぱり、思ったとおりだったね。いやなかなか面白かったよ」でした。うーん、うーん。うちの母親は現在73歳なのだが、北海道の帯広から九州の福岡まで一人で電車旅をしたり、いきなり富士山の頂上から電話をかけてきたりと、想像を絶するアクティブばばあなのだが(参照:「唐突の人」)、もしかして73歳のハゲタカ廃人が誕生するかと思ったよ!
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もうそろそろ本当に東京での上映も終わりかけている「ハゲタカ」(上映館は8月19日現在渋谷シアターTSUTAYAのみ)だが、私も「ハゲタカ」のない日常に慣れていかなくてはな、などと思いつつ、北海道帰省の荷物の中に映画パンフを忍び込ませる有様だ。北海道帰省は、今の仕事の締め日が8月18日であるためお盆休みが取れなくて仕方なく8月18日午後6時過ぎの飛行機の予約を取り、リーダーにも部長にも「8月18日の午後から休みを取りますから!」と断言していたのにもかかわらず、仕事が終わらねーーー。も、もしや飛行機を一旦キャンセルして8月19日の朝一の便で札幌に飛ぶことになるのか? そしたら映画をもう1回見れなくね?などと一瞬皮算用などもしてみるが、昨日はなんとか午後3時30分に会社脱出成功! 羽田には5時前に着いたので手続きをして土産などを購入する。

羽田の「レッドゾーン」
時間があるので空港内の書店に行ってみる。映画「ハゲタカ」原作の「レッドゾーン」は目立つ平台にどどーんと置いてありましたが、上巻の減りに比べて下巻の減りがこんな感じ。↑みんな旅のお供にとりあえず上巻だけ読んでみるかと手に取るのかね。

台湾のホテル
そしてふらふらっと旅行ガイドコーナーへ。台湾のガイドブックを開いて「墾丁凱撒大飯店」をチェック。そう、鷲津(大森南朋)がふてくされて酒を飲んでいたホテルですよ。中国本土には全く興味がないけど、香港と台湾はまた行ってみたいところだ。「1986年2月2日、北回帰線よりもはるかに南、熱帯の恒春半島初の5スターホテルとしてシーザーパークホテル墾丁は誕生しました。墾丁という町の発展の歴史は、そのままシーザーパークホテルの成長の歴史でもあります。試行錯誤を繰り返した創成期、豪華さを見せ始めた成長期、そして現在の絢爛な成熟期、とシーザーパークホテルは20年にわたり墾丁の街をあるときは牽引し、あるときは一緒にレジャー&リゾートの聖地としての地位を築き上げてきました」ですってよ。そんな経済的時間的余裕は今のところ全くないが念のために宿泊料金をチェックしてみたら、来年の3月の日程をチェックしても空室なし。いや、ま、行けはしないんだけどさーー。

時間が近づいたので手荷物検査場を抜けて搭乗ゲートに。ゲートへの通路を歩きながら大森南朋がサブで出演している「クライマーズ・ハイ 」を見てみたいなあと思いつつ、そういえば24年前のあの日あの時刻、JAL大阪123便に乗る人たちのすぐ横を通ってJAL札幌便に乗ったんだったなあなどと思いだす。1985年8月12日午後6時少し前ころだったろうか、当時の搭乗ゲートがどういう構造になっていたのだがよくわからないのだが、手荷物検査場を抜けた先にあった搭乗待合室からほぼ同時刻に離陸予定だった大阪便と札幌便と福岡便の乗客が、その先にあった共通の同じゲートを抜け同じ狭い通路を通ってそれぞれの便に乗ったのだ。その日の夜には燃える御巣鷹山の様子がテレビのニュースで映し出されていてびっくりしたものだが、翌日ほとんどの乗客が亡くなったのだと知って愕然としたものだ。ほぼ同じ時刻に本当にすぐそばに、何10cmかそばにいた人々の3分の1が、帰らぬ人となってしまった。夏に北海道に帰るたびに思い出す。しんみり。……さて「クライマーズ・ハイ」のビデオ、帯広にあるかなー。

そして搭乗して席につくと、暑さや仕事の疲れもあったのかうとうとしはじめるのだがうすらぼんやりと霞がかかった私の脳みそに「本日の機長は××マサヒコ、、、」という単語が。おおお、本日の機長さんはマサヒコかいっ! マサヒコォ、私の運命はあなた任せなのよ、よろしくね。しかしマサヒコ、運転(←操縦です)乱暴だよ。いや、気流の関係もあるだろうし、最後尾の座席というのもあるだろうけど、揺れて揺れてうとうとしかけても寝れやしねぇ、とにかくがくがく機体が激しく動いて眠れない。結局、ろくすっぽ居眠りできないまま千歳に着陸。バッド・トリップだよマサヒコォ! 

札幌の「ハゲタカ」
そして札幌の駅構内の書店へ、「レッドゾーン」が全く見当たらない。もう映画もとっくの間に終わっていしね……。文庫棚にはかろうじて「ハゲタカ」が並んでる。

さて、映画版サントラを買ってからというもの、一番多く聞いた曲は「His Wings」(ラストにかかる景気がいい曲ね。先週の時点で再生回数が900回以上になっていたので、今はもう1000回くらいになっているかな)なのだが、ここんとこリピートが激しいのは「折れた翼」だ。最初は淋しげな感じであまり好きではなかったのだが、映画を見れば見るほどつい聞きこんでしまう。この曲が流れる映画場面を思い浮かべると胸が締め付けられそうになるな。

劉(玉山鉄二)が常盤橋門跡で刺されてロープが張ってあるところに倒れこむあたりからこの曲が流れはじめる。そして場面は一転し鷲津ファンド会議室に。若槻くん(野村修一)が「アカマ自動車再建試案を我々鷲津ファンドで策定しました。お手元の資料を……」って場面ですよ。やりきれないという表情の鷲津がやる気なさげに資料を手にするその時、鷲津ルームのデスクの上で充電中の鷲津の携帯に劉からの電話が入ります。でも、マナーモードになっているし会議中なので取れないわけないですね。若槻くんもなーー。鷲津に結構目をかけられている秘蔵っ子な訳で、鷲津に焦がれて焦がれてそれでも見つめるだけだった劉からしてみると(そういう存在がいると分かっていたら)さぞかし熱望してもしたりない存在なんだろうなあ。若槻君もそういう意味合いで描かれている存在なんだろうね。あーーー、やっぱり劉って不憫かも。

そしてこの映画一番の見どころ、劉からの伝言メッセージを聞く鷲津の場面に。普段喜怒哀楽を[怒]以外表に出さない鷲津の、あの場面ですよ!! 曲は2分25秒を過ぎたあたり。……DVDが出たらきっとこの場面は何度もリピートしちゃうんだろうなあ。

さらに場面は雨に打たれ斃れている劉の場面の後に、アカマ自動車臨時取締役会の場面に。曲は3分30秒あたり、曲は悲しげな曲調から希望をうかがわせる曲調に。古谷社長(遠藤憲一)が愕然としている場面になるんですね。まさかこんなに社長解任動議への賛成票が多いとは思ってなかったんだろうな。これはこれで可哀そうなキャラなんだね。

さらに場面が変わって、三島(栗山千明)がアカマの臨時取締役会についてリポートする画面に。「なお、日本政府は調査の結果、先日強盗により 刺殺されたブルーウォールパートナーズ代表・劉一華氏の身元について、日本人残留孤児・佐藤八重さんの親族とは別人であると発表しました。劉氏を名乗っていた人物の身元についてはいまだ不明です」と言っているんですね。それをじっと見つめる鷲津、そこでこの曲が終わるんですよ。ううううむ。

しかしその場面を思い浮かべながらしみじみ曲を聴いていた私を見て、母親が言ったのだった。

「あんた、何変な顔、しているのさ」
「……!!!」

変な顔のつもりは毛頭ないのだが、客観的に見てかなり異様な光景だったのであろう。ハゲタカ廃人的にまだまだ修行が足りないと反省した私であった。
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湯島天満宮来年の春に受験を控える中学生の姪っ子の誕生日が昨日だったのだが、受験の励みになるようなもので何かリクエストがあったら送るよと連絡したところ、受験のお守りをということだったので、会社で同僚達にリサーチしてみた。「学業と言ったらやっぱり湯島天神でしょ」ということで、早速会社をサボって行ってきました。……すみません、一番の目的はレディ-スデイで1,000円で見られる映画で、神社はそのついででございました。んー、だって私自身は宗教心がこれっぽちもなくて、形ばかりのお参りならいくらでもやったことがあるんだけど、心底真剣に願をかけたりしたことがないので、神社はもっぱら花見をするために行くぐらいなのだ。

菊まつり湯島天満宮の境内に入ると11月1日から菊まつりということで、丹精に手入れされた菊の鉢がズラーーーーーーーーっと並んでいたのだが、菊まつりと言ったらやっぱりアレだよね。そう、「犬神家の一族」!犬神佐武(すけたけ)の首が菊人形のマネキンの首とすげ替えられてて、それを発見した金田一耕助達の前でゴローンと転がり落ちると言う……天下の学問の神様の神社で、こんな妄想ばかりしている罰当たりな私だ。

さて神社のグッズショップ(通称、社務所)でずらりと並んだお守り類を見て色々迷う。だって今のお守りグッズって色々品数が本当に豊富なんだもん。学業だけじゃなくて家内安全とか健康祈願とか祈願対象別、お値段別だけじゃなく、ロゴ入り鉢巻きとかロゴ入り鉛筆、ロゴ入りボールペン類はまだしも、星座別のお守りまで神社ショップで販売って、どうなっているんだか。でも若い子だったら普通のお守りよりも星座別かなーとか、勉強するんだからロゴ入り鉛筆は必須かなとか、お守りの色はどんな洋服にも合わせやすい白かなやっぱり、とか。まあ、結局無難なセンのお守りにし、コスプレにもどうぞっつー感じでロゴ入り鉢巻きも買ってみた。もちろん拝殿だか本殿だかの前の設置されている賽銭箱にお賽銭を投げ入れてお参りもしてきたのだが、何分にも宗教心がないので、私が祈願した効果については期待しないでくれ、E(←姪っ子)よ。

そして本殿横には絵馬をぎっしりと吊るしてある場所があり、さすが学問の神様のホーム(本拠地)だけあって吊るしてある絵馬の内容もも受験や勉強関係ばかりだ。幼稚園の子が書いたらしい「くもんができますように えいごができますように」という絵馬や受験希望校を20個くらい列挙してあって「どれかに受かりますように」などと書いてある切実なんだかいい加減なんだかわからないような絵馬、幼稚園のお受験の祈願をしているらしい母親のご祈願絵馬とか色々。しかしなんだ、住所・氏名・生年月日・合格学校名(←合格報告の絵馬の場合)まではっきり書いてあるのもあって、絵馬って結構個人情報ダダ漏れ。

菊まつり2というわけでEに業務連絡。お守りは今週末に送るので、私の分のお祈り効果は期待せずに(←してねーよ)、待つように。
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先週の日曜日、9月7日には子ども(9歳)の小学校で総合防災訓練があった。子どもは朝から登校し給食もちゃんと食べてから、午後避難訓練をして校庭に集合し、保護者が先生に引き渡しカードを見せて子どもを引き取るという段取りだ。まあ、訓練なので指定の時間にサイレンだかベルだかがけたたましく鳴っても、防災ずきんをかぶった子どもたちはひじょーに暢気に校庭に出て来るし、引き取りにくる親の方も、日曜日は無茶苦茶暑かったのでダラダラムードで緊張感がかけらもなく、無事終了しました。

そして帰宅後に子どもが何をしたかというと例によって非常用持ち出し袋の総点検ですよ(2007年10月9日「第1回防災会議」)。去年は非常食と水と電池は買い換えたものの、他は結局そのままだったために、今回は「昔のお金」を新しいものに替え、ライターやホカロン、薬品類の入れ替えをいたしました。ところで携帯電話を無くしてからと言うものの、自宅への電話は公衆電話を使っているのだが(8月31日「携帯電話なし生活4日目」)、いざという時のために子どもに公衆電話の使い方も教えとかなきゃならないよなあとか思いましたよ。今は自宅の電話か自分の携帯電話しか使ったことがないから、防災グッズの中に入れてあったテレフォンカードを見て「これ、何?」って聞いていたのだ。

そして会社で防災グッズの入れ替えをした話をしたところ、新居を一昨年建てたばかりのNさんは「うちは阪神大震災クラスの大地震が起こっても壊れないような造りになっているらしいから、避難する必要はないんだよね。だから持ち出し袋は準備する必要はないけど、家の中に食料とか準備しておく必要はあるかな」というのだ。そっかーーー、こんなところにも格差社会が! うちは超オンボロマンションに住んでいるので徒歩5分のところにある子どもの小学校に避難するというのが決定的だからな。だから食料類は用意しておかなくてもほとんど大丈夫だろうが、アイマスクとか耳栓とか、ヒマな時用のトランプや筆記具のような避難所生活に必要なものを防災グッズ袋に入れるようにしているのだー。

ということは普通に売っている非常持ち出し袋も、自宅避難用(ライフライン停止対応と食料類・飲料などの自力調達重視)と避難所生活用(プライバシーのない集団生活重視)と避難所外生活用(アウトドア生活重視)では準備しておく物も結構違うっつーことだね。あと家族構成によっても結構違って来るよな。乳幼児や要介護の親がいたりすればおむつやウェットティッシュ類は必須だろうし、ペットがいればこれまたペット用の物も入れておかなきゃならないだろうし、なにか持病があればそれ用に対応しておかなきゃならないだろうし。

しかし大災害も夜起こってくれれば子どもと一緒に避難所にGO!なのだが、昼間起こった場合は私の方は一気に帰宅難民である。会社から家までちゃんと帰れるのかどうか(そして子どもが一人でなんとかできるかどうか)。そういえばそういう大規模な徒歩帰宅訓練ってどこかにないもんか?と検索してみたらありましたよ。

 2008年首都圏統一帰宅困難者対応訓練(ボラ市民ウェブ)

今年は9月23日に日比谷公園を出発地にして千葉コース(千葉県浦安市・JR新浦安駅前市民広場)、埼玉コース(埼玉県和光市・和光樹林公園)、西東京コース(東京都調布市・電気通信大学)、神奈川コース(神奈川県川崎市・梶ヶ谷第一公園)の4つのグループで行なわれるらしい。うちの場合だと一番近いコースは西東京コースだが、距離は20kmちょい、直線の何もない道を普通に歩くとしたら5時間ぐらいのコースだが、午前10時に出発して途中昼食をとり、何事もなければ午後5時までには到着するらしい。参加者が何百名もいることを考えると相当ゆっくり歩くんだろうけど。一度くらいこんなイベントに参加してみるのもいいかも、と心うごく今日このごろ。申込締切は9月19日、どうしようかなー。

でもって、実際に会社から自宅までどんだけの距離があるのかと、MapFanの車ルートで検索してみたら13kmちょいですよ。もしかして結構いける? でもその前に、大災害が起こってもこの夏休み中のように1時間おきに私の携帯電話にかけてきたりしないように、子どもにしっかり言っておかなくては。携帯電話を落として以降、子どもは会社に電話をしてくるようになったので私への電話の回数は減ったものの、その内容は相変わらず「(家で留守番をしているから)ヒマでしょうがないんだけど何したらいいかわからない」「今、雨が降ってる」「アイスクリーム食べてもいい?」というトホホな電話ばかりかけてきやがるのだ。

そういえば携帯電話は先週の水曜日にやっと新しいのを購入したのだが(携帯電話なし生活は結局2週間でした)、マニュアルも見ずにあれやこれやいじくっていたら、災害時ナビというのが出てきましたよ。これは災害が起こった時に(別に災害時には限らないけど)現在地を確認して、その場所から指定の目的地までの帰宅支援地図を作製してくれるというもの。他には近くの避難所の場所を教えてくれたり。「災害時ナビは、auの通信網に依存しない測位方式を採用しているため、通話やEZwebがつながりにくい状況や圏外の場所でも、サービスが使用できます」だって。今の携帯電話は本当に便利じゃのう。年寄りはついていくのが大変じゃよ。それで一応いざという時のために、会社から自宅までの地図をダウンロードしておこうかなあとチェックしてみたら、情報料が315円かかるのだった。そこでちょっと踏みとどまってしまっている自分、本当にやる気があるのか!?
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帯広のコスモス帯広の……キリン草だったっけ?先々週は帯広に帰省してのんびりとしていた、というか、いまだかつてないほど何もしないで毎日をただひたすらボケーーーーっとしてすごしていた。こんなにうすらぼんやりと過ごしてちゃ社会復帰できないかも、と思いつつ。帯広ではすでに秋。気の早い子どもは「もう、冬だね!」と言っていたが、そりゃ確かに寒かったけど、いくらなんでも季節を先取りし過ぎだよ。

札幌の本屋にて1札幌の本屋では今ベストセラーランキングに並んでいる血液型の本が山積みになっていたが、何故か「O型品切れ中」の札が。日本人の血液型分布の割合はA型4割、O型3割、B型2割、AB型1割なのに対して入荷している本の割合がどうなっているのか不明だが、これはO型本の売れ行きがいいのか? はたまたO型本の入荷が少なかったのか?

札幌の本屋にて2やっぱり北海道は北海道本の取り扱いが多いな。東京でもJUNK堂あたりに行くと他の本屋よりは北海道本(県別のそれぞれの関係書)の在庫が多かったりするけど、やっぱり当然の事ながら現地の方が充実している。

恐怖!ポケモンスタンプラリー札幌にもあった、「恐怖!ポケモンスタンプラリー」。でも札幌の場合、ゴール駅である札幌を含めても全部で18駅、スタンプ駅が100駅近いJR東日本と違ってコンプリートが簡単そう。

実家の庭のマスオさん実家の庭に置いてある石の上に蛙の置物が鎮座しているのだが、気がついたら毛色の違う新顔の蛙様が。私は密かにマスオさんと呼んでいる。

十勝の納豆帯広に来たんだなあと実感。他にも肉売り場ではジンギスカン面積が広かったり、飲み物売り場で「カツゲン」「コアップガラナ」「リボンナポリン」(←どれも北海道限定飲料)がならんでいたり。

コスモスは雑草か?散歩すると、これでもかこれでもかというくらい野良コスモスが咲いている。コスモスって雑草だったっけ?と思うくらい。

帯広名物?帯広空港の土産物屋にてムネオショップを発見。ムネオくんのサイン入りの「ステキなTシャツ」2,100円也。

DMCオマケ:妹のダンナが札幌出張土産に買ってきていた「デトロイトメタルシティ」の前売り券。ナビゲートDVDつき。
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例によって8月17日(日)はコミックマーケットに参加してきたわけだが、参戦記(!?)はまた別記事で。いつもなら翌日から会社を休んで北海道にGO!なのだが、今現在そんなのんきなことができる業務じゃなくなっちゃって(6月8日「召集令状が来た夜は。」)、老体に鞭打ってコミケに参加してヘトヘトになっているというのに、自宅から帰省用のでかい旅行鞄を抱えて熱い中ドロドロになりながら出社ですよ。いや、ほとんどの社会人参加者の皆様はそうなんでしょうけど(泣)。

まあ給与処理業務もなんとか目処がつき、急きょ入ってきた別業務の内職もなんとか終わらして、月曜日は午後2時30分に会社を出て羽田に直行、早めに着いたのでのんきにしていたら搭乗ゲートについてから「搭乗便の出発が遅れます」っつーアナウンスがあってがっくり、もっと早くに言ってくれればもっと早い便に乗り換えたのにー。そして搭乗ゲートで待っていたら札幌のおばあちゃんちに先に一人で行っていた子ども(9歳)から電話が入ったので、飛行機が遅れる旨連絡したら、札幌に着いてからおばあちゃんたちに「飛行機に乗り遅れたんだって!」と思い切り誤解されていたことがわかってがっくりですよ。人の話はよーく聞くよーにーしーろーーーーー!!>子ども。

その翌日は今度は電車で札幌から帯広に移動して、実家でのーんびりだらだらですよ。何せこの1か月怒涛の忙しさだったからな、これくらいのーんびりだらだらしてても許されるはず。しかし、もう、どのくらいのーんびりだらだらかっつーと、ついさっきまで、今日が締め切りの冬のコミケの申込書を書くのをすっかり忘れていたぐらい! ……だめじゃん。この分じゃ来週からの社会復帰なんかできそうにないかも。
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洋ちゃんグッズ(ガシャポン)今日は1月5日、ダラダラすごしていた休暇もそろそろ終わりで、明日には東京に帰らなくてはならない。月曜から仕事かあ……(遠い目)。休みの間にやろうと思ってお仕事の一部をお持ち帰りしていたのだが、そんなのやる訳なかったよ、とほほ。もう、こっちで買った「小さな会社の給与計算と社会保険の事務がわかる本」の4分の1くらいを読んだだけでいっぱいいっぱいだ。

そんなわけで会社の連中へのお土産を買いにデパートの中に入っている六花亭に行って、大量に各種お菓子を買って会社に直接発送する手続きを済ませてきた。いつもいろいろとお土産やおやつをもらうばかりなので、こんな時ぐらいしかお返しができないし、同僚連中にも色々期待されているのだ。

お土産を買った後子どもをつれておもちゃ売り場に行くと、「水曜どうでしょうグッズ」だの専用ガシャポンだののコーナーがありましたよ。私は普段東京でもガシャポンだのキャラクターグッズだの買わないので、もしかすると東京でもよく見かける代物なのかもしれんが、さすが洋ちゃんの地元、北海道だよなあ。

洋ちゃんグッズ(DVD)レジ横のゴールデンゾーンには洋ちゃんやチームNACSのDVDがぎっしり置いてあるしーー。タイピングソフトもあったので、こんなので練習してみたらもしかして私もブラインドタッチがマスターできるかいな、でもどうせWin専用だろうなあと思って裏面を見てみたら、WindowsとMacintoshのハイブリッド版ですよ。よっしゃあ、と思ってよくよく見てみたら「Macintosh OSX クラシック」って書いてあったよ、しょぼーん。

雪だるまおまけ。子どもが作った雪だるま。頭の上に乗っているのはやかんのフタだ。
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さて12月31日から北海道に帰省中なのだが、まずは家人の実家の札幌で年越しをし、義妹のK子ちゃんのMacを借りてコミケ参加記(その1その2)なんぞを書き込んでいた私だ(嫁として実にいかがなものか!?)。そして昨日は北海道神宮に初詣に行って、おみくじを引いてきた。神も仏もあまりどうこう思っていない私だが、イベントにはそれなりに参加するのだ。そしてその結果は。

 ときくれば 枯木とみえし やまかげの さくらも花の さきにおいつゝ

「初めは冬の枯木の葉おちて花もなく淋しく此末如何なろうかと気遣うも其内に春となって花さく如く末よき運なり何事も慎め退屈せず時をまてば必ずよし」だそうで、「大吉」とは書いてあるものの、最初は思わしくなくても後々ほどほどなんとかなるってぇのは、結局いいのか? 悪いのか? 

ところでK子ちゃん(子どもの叔母)と子ども(9歳)と3人で外で昼食を食べたときに、お会計のところで一瞬、「いいって」「いや、いいからいいから」というお支払いをどっちがやるかというおばちゃん恒例のやり取りを私とK子ちゃんでやらかしたところ、子どもに「そういうことされると、私が困るんだよね」と冷たくつぶやかれてしまいましたよ。子どもの愛読書「あたしンち」の母と水島さんのやりとりそっくりだそうだ。ふっ……。
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東京の今日の最高気温は37度近く、全国各地でもすごいことになっていたらしい。土日には毎朝近所の公園を散歩するのが日課だったものの、先月の入院・退院以来怠けていたのだが、今朝久しぶりに朝の散歩に行ってみたら‥‥早朝だと言うのに汗をじっとりかいてしまう暑さですよ。東京、とにかく暑すぎ。今日から北海道に帰省するというと、会社の連中はみんな「涼しくていいわねえ」というのだが、しかし今までの経験から言って、私が北海道に帰ると、北海道の気温が上昇する! ‥‥ま、北海道の暑さのピークのときにたまたま帰っているというだけの話だが。

さて今日の羽田はこんな状況↑。去年も書いたが(2006年8月14日「まるで人がゴミのようだ」)お盆の帰省のピーク時は本当にすごいことになってますよ。

まあ、そんなわけであまりにも暑いので昼飯の時にビールをガブガブ飲んでたら、家人に「昼真っからビール飲んで‥‥」と白い目で見られたものの、家人が仕事場に向かうと、空港内の喫茶店に入ってまたもやビールだ。‥‥だって、今日はもう神様が「水の替わりにビールを飲んでもよろしい」といっているような天気なんだからしょうがない(空港内は空調が効いているんだから天気は関係ないはずというツッコミは却下)。しかし飲みすぎたのであろうか、札幌行きの飛行機に乗ったら一気にガーッと眠ってしまいましたよ。

さて今日は子どもの父方のおばあちゃんちに子どもと二人でお邪魔するというスケジュールなのだが‥‥やっぱり札幌、暑いじゃん。誰だよ、北海道なら涼しいだなんて言っているやつは。それでも札幌はまだましで(夜はやっぱり涼しいしね)、来週行く予定の帯広なんざ、最高気温34度って、何事だ。やっぱり地球の温暖化が進んでいるのか。「不都合な真実」あたりは一応、見ておいたほうがいいのか? そしてやっぱりちゃんとエコな生活を心がけなきゃいかんのか?(面倒くさがりの私には色々無理なのだが)。

さて左の写真はそんな札幌のおばあちゃんちでいただいた日本一だか世界一だか(スイーツのコンテストで1位になったそうだ)になったというプリン。札幌のおばあちゃんは料理が本当においしいので、たらふく食べて満腹になったところで食後のデザートとしていただいたのだが、もちろんビールのつまみとして食っていた私だ。
テーマ:日記
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ちゃららららーららららー、ちゃらららーららららー、ちゃーらーらーらーらーらららー(←「華麗なる一族」のテーマで)。遥かなる旅路、華麗なる一族編(←大嘘)。

昔、北海道の葬式では親族が集合写真を撮ると言うと同僚の練馬のS嬢が驚いたことに驚いたものだった。でも、なんで葬式の時にわざわざそんな写真を撮るの? と聞かれても私も知らないし。実家にあるアルバムを見てもやはり親族の葬式の時の集合写真が残っているものがあるし、2年半前に出席した家人の伯母の葬式の時もやはり写真を撮ったので、葬式というのはそういうもんだとばかり思っていたよ。

S嬢「葬式なんだから泣きはらした顔とか撮られたらいやなんじゃないのかなあ」
私「うーん。昔の写真とか、この前(2年半前)行ったときの写真とかは死んだ人が皆年寄りだったからねぇ、一番最後の別れのときは泣いてる人もいたけど、だいたい和やかで親戚の同窓会みたいな雰囲気だったからいいのかもね。これで若い人の葬式だと泣いている人が多いから、写真撮るのもはばかられるだろうけど、私は北海道で若い人の葬式って出たことないし」
S嬢「だいたい、どのタイミングで写真撮るの?」
私「えーー!? いつだったっけなあ……」
Nさん「葬式じゃ、カメラマンも笑ってくださいとは言えないだろうしねぇ」
S嬢「写真はいつ出来て来るの?」
私「2年半前は焼き場から戻ってきたらもう全員分あったけど」
S嬢「葬式で写真撮影なんて、ここいらじゃやらないけどねぇ」
Nさん「うち(ダンナの実家、鎌倉)の近所でもないよ。お棺の回りをぐるぐる回るってのはあったけど」
私、S嬢「何、それ」
Nさん「ダンナの親戚の葬式の時に、お棺の回りを親族がお祈りしながらぐるぐる回ってたのよ。私も始めて見たけど」
S嬢「そういえば、姉ちゃんのダンナの実家がある川崎では葬式のときに写真撮影していてビックリしたことがあったわ」
Nさん「地方によって色々あるんだろうね」

という訳で、今回は写真撮影のタイミングがいつなのかもチェックしながら通夜と葬式に参列したのだった。

ところで通夜が始まる前に義妹のK子ちゃんが家人と久しぶりに会う親戚の話をしていた。K子ちゃんが「Y(家人の従兄弟)、すっかり変わって、お兄ちゃん見てもあれはわからないわ」というので私もつい「Yさんって、もしかしてあのハゲている人?」と聞いてしまう。「そうそう、ハゲてるのさ」とK子ちゃんが言う。人の顔など全く覚えられず、なおかつ10年に1度会うかどうかの婚戚の顔なんかこれっぽちも覚えられない私だが、ハゲのYさんの顔は何故か覚えていた。そして続けて「ハゲといえばお兄ちゃん、Aちゃん(家人の従兄弟)、カツラかぶっているからね、それ本人に言っちゃダメだよ。気にしているからね」と釘を刺したばかりに、私は式の間中ずっと、ヅラのAさんって一体どの人だとついつい探してしまいましたよ。通夜の席で一体何やっているんだか。

さて、通夜が始まると葬儀業者の進行係の人が、オープニングナレーションみたいな台詞をしゃべりはじめたのだが、それにはちょっとびっくりだ。「○○さんは去年脳梗塞で倒れられるまでは本当にお元気で(略)、まだまだこれから老いの坂を上り始めるという矢先の、突然の出来事でした。本当に悔やまれてなりません」。伯父さん、86歳ですよ。86歳で老いの坂ののぼり始めなら、まだ40代の私なんかピッチピチのコギャルか?

通夜の席はその後ごく普通に進行し、読経や弔辞、弔電紹介などが1時間ほどで終了して一般客が帰ると、いよいよ親戚だけで写真撮影が始まった。業者の人が椅子を並べて「どんどん座っていってください」という中、おばさんたちは「○ちゃん、先に座りな」「いや、×ちゃん座りなよ」「この場所なら△おばさんが座らないと」と譲り合いと微妙な親戚内ポジション確認が続いたためになかなか写真撮影が始まらない。やっと全員がどうにか位置に着くとカメラマンが「はい、写します」と声をかけて何枚か撮影していた。やっぱり「ニコッと笑ってくださいね」とは言わないもんなんだな。

そしてその集合写真は翌日の告別式終了後には親戚全員に配られていたのだった。仕事、はやっ。その後ヘトヘトになって帰宅し、翌日会社での昼飯のときには練馬のS嬢に「写真撮影の時、やっぱり、はい、チーズとは言わなかったよ」と報告したのだった。
テーマ:今日のつぶやき。
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家人の本家の伯父の葬儀のため、北海道の最果ての地(←非常に大げさすぎる表現です)に行ってきたわけだが(3月31日「唐突の人、南の島へ」)今回ほどどこでもドアがあったならと思ったことはなかったよ……(遠い目)。国内旅行なのに片道だけで移動に7時間も8時間もかかるとは何事か。どうしてまだ誰もどこでもドアを発明してないんだ。

さて、日曜日の朝、羽田から飛行機で旭川に向かう。羽田の搭乗口のテレビで天気予報を見ていると、本日の東京の最高予想気温は24度、しかしこれから向かう旭川の気温は2度ですよ、2度。私は半袖のセーターを着ていて「マジかよ」とつぶやいていたが、もちろん北海道はまだ冬なのだ。旭川までは2時間弱、しかし着いてみると昼間はそこそこ暖かい。って言ったって東京の「暖かい」と比較できるようなレベルではないが。

12時50分、旭川空港からJR旭川駅までバスで移動、さらに旭川から美深(びふか)までは電車(北海道では汽車というが)で移動なのだが、13時40分、旭川駅行きのバスですっかり酔ってしまった子どもが駅のトイレにこもりっきりになる。特急列車サロベツの出発時間は13時56分、しかし子どもはトイレから出てこない。改札口にいる家人からまだかという電話が入り、私も子どもをせかしてみるが、子どもにしてみたらご無体な、というところだろう。13時45分、子どもがやっとトイレから出てくるが弱っているのか走れないと言う。じゃあおぶってあげるからというがそれは拒否される。そしてまたもやトイレへ。13時52分、やっとトイレから出てくる。足取りの重い子どもの手を引いて改札口へ走る。何せこのトイレは駅の細長いショッピングモールの一番奥にあるのだ。

13時54分、改札口を通って地下通路に降りるがこれから乗る電車の時刻、番線表示が全くないために何番線のホームから乗るのかがまったくわからない。見当をつけて階段を急いでのぼると電車が動き出している音が聞こえる、オーマイガー! なんと無情にも電車は私たちの目の前で発車してしまったのだった。仕方ない、次の電車は?と聞くと次の特急は3時間後だという。そうだよ、そうだったよ、北海道のローカル列車は2時間3時間待ちなんか当たり前なんだったよ。次の電車が3分後にはやってくる東京の山手線なんかとは違うのだ。すっかり忘れていたよ、ママン……。
テーマ:雑記
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年に1、2回世界各地を旅行しているうちの実家の父と母だが、一昨年はブラジルにカーニバルを見に行き、去年はアフリカに行くと行っていたのだが(2005年11月28日「彼らははるか彼方の地を目指す」)、母の猛烈な反対によりアフリカ行きは断念して、結局豪華客船による国内3泊四日の旅をしてきたらしい。しかしこの旅も母によれば「船内には映画館とかホールとかプールもあるんだけど、他にどこにも行けないから退屈だったわ」とのことだ。そりゃそうだよ、船の旅なんだから。

さてそんな訳でまた今年もどこかに行くのかと思って聞いてみた所、今年の旅は「父さんがインカ帝国を見てみたいって言うんだよね」とのことで、それを聞いた私ら(私と妹)が思わず「南米か!」(タカ&トシで)とつっこんだのは言うまでもない。母は今度は高地なので高山病の心配をしてましたよ。いいじゃん、今度は風土病とか食人族の心配しなくていいんだから。しかしペルーかあ。私もインカの遺跡は見てみたいけど飛行機に5時間以上乗るのはまっぴらごめんだ。こんな時にしみじみ「科学忍者隊ガッチャマン」(第1部、1972年10月1日~1974年9月29日)の最終回ではギャラクター(←敵)の本拠地がペルーのチチカカ湖だったよなあととか、「どこでもドア」がどこかにないかなあとか真剣に考える40代後半。いいのか?
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