子どもが行っている小学校を開催場所にして、年に1回フリーマーケットが開催される。この地域では一番大きなフリマで、しかもフリマスペースの周辺には焼きそばやヨーヨー売りのようなお祭りの時の屋台のような店も出るので、子どもが楽しみにしている。私もあの人ごみは嫌いなのだが、子供服などが安く手に入れられるのでこのところ子どもを連れてちょっとだけ見に行っている。

去年見に行った時は「来年はお店だそうね!!」と子どもが言っていたのを聞き流していた私だが、子ども、結構本気モードですよ。あちこちに貼られているフリマの案内ポスターを見て「早く申込もうよ!」とうるさい。まいったなーー。私は人ごみも嫌いだし、売り子するのも面倒くさいし、セッティングや後片付けがすごく面倒くさいんだよう。

しかしやる気満々な子どもは散らかし放題でゴミの山となっている自分のスペースを色々物色しては「これ、もういらないからフリマに出す」なんて言っていやがる。「あーのーねーー、自分が要らないからってだけでフリマに出すなら、買ってくれる人はいないからね。自分が欲しいものや、まだまだ使えるようなものでないと買ってくれる人はいないからね!」と注意するも「わかっているよう」と軽く流される。もう、お店屋さんごっこがしたくてたまらないのだ。

本当に分かっているのかなー。「いい? まずいるものといらないものに分ける。いるものは整理整頓してちゃんと並べておく。いらないものはフリマに出すものと捨てるものに分ける」とダンボール箱をだしておくと、あっという間にフリマに出す物というよりも、さっさと捨てろ!というもので一杯になる。でも売るからにはちゃんと洗濯したりきれいにして袋つめして値札を貼らなくちゃいけない。おおおおーーーーっ、果てしなく面倒くさいよう。

しかし子どもは片付けも終わってないくせに、値札用のシールがないねーなどと先の心配までしていやがる。その前にとっとと片付けろ。今は使わなくなったおもちゃがちゃんと使えるかどうかいじっているうちに、いつのまにやらそれで遊び始めている。だからさっさと片付けろーーー。そのうち「アイロンビーズでコースター作ったら100円くらいで売れるんじゃない?」とアイロンビーズでいますぐ作品を作り始める。そんなことをする前に、片付けろ!!

まったくこのフリマのことを考えると気が遠くなりそうだが、この話をいつもの会社の昼飯仲間に話したところ。「あら、だったらもう使わないスキー用品とかあるんだけど出したら売れるんじゃないかなー」「もう私は絶対使わないアクセサリーとかあるんだけど、出品するのはどうかしら」と私以外の連中が乗り気。今月の私、もしかして奴隷月間なのか?(参照:5月1日「猫の手、貸してください」)。ますます気が遠くなりそうだ。
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今朝、メイルボックスを見たら、フラメンコなN子ちゃんから久しぶりにメイルが来ていた。フラメンコな、というのは、彼女がしばらくスペインにフラメンコ留学をしていて、日本に戻ってきてからはフラメンコダンサーをしているからだ。N子ちゃんと私は一番最初に就職した会社の同期だった。

私が大学を卒業して就職したのはもう20年以上前のことだが、最初に就職した会社は海外の資料や教育関係書籍をを取り扱う出版社だった。私はその会社の事務職として入社して普通に出版事務などをやる予定だったのに、入ってみるとそんな表看板なんのその、実は人材派遣の会社だったのだ。しかもプログラマの。同期入社の他のメンバーも私同様に普通の事務職のつもりで入社したので、本社ビルから離れたビルの一室に新人だけが集められていきなりIBMから来た講師の人からアセンブラの教科書渡されて研修が始まっても、皆ちんぷんかんぷんですよ。

しかもその会社は人材派遣そのものが初めて試みだったらしく、色々と手際と段取りが悪く、なおかつ会社の理事長がすべてを取りしきって威張り散らしているので、その手際や段取りの悪さに人事部の部長や総務部の事務の人が困ってなんとかしようと思っていても一向に改まらないのだった。さらに色々分からない事だらけな私達新人に対しても全然フォローがなく毎日不安な日々をすごしていたが、その後の対応も待遇も本当にひどくて、結局そのうち私達を採用した人事部の部長や、ずっと頼りにしていた総務部の事務の人とかみんなどんどん辞めていき、同期のメンバーもどんどん一人二人と辞めていったのだった。私が辞めたのは入社した翌年の2月で、同期メンバーも半数以上が辞めていて、もう来月の給料が出るかどうかもやばいらしいという噂を聞いて決断したのだった。

その後、英語が得意だったN子ちゃんはかまぼこで有名なK社の国際部に入社して色々頑張っていたが、ある日何を思ったのかいきなりスペインに旅立ってしまったのだった。毎年もらう彼女からの年賀状はステージに立つ彼女の写真なのだが、いやーまるでフラメンコをするために生まれてきたかのような濃い顔と派手な衣装で、正月ボケした頭にはインパクト大きいですよ。

さてそんな彼女からのメイルは、ゴールデンウィーク中掃除をしていたら一番最初の会社時代の同期の人たちの住所録が出てきたから、連絡を取ってみんなで久しぶりに会ってみないか? というものだった。彼女のメイルにあった同期メンバーの名前はどれもこれも懐かしいものだった。

Kさん、彼氏の浮気にいつも泣いていたっけなー。でも結局その浮気性の彼と結婚して、よりによって結婚式にその浮気相手を呼んで自分の勝利を見せびらかしてたっけな。Oさん、S学会の人だったなー。私とN子ちゃんとOさんと派遣先の会社の人で飲んだくれた時に、帰れなくなって私は結局Oさんのアパートに泊まったのだが、翌朝二日酔いで頭がガンガンして立ち上がれない私の横で、部屋の真ん中にあるS学会会員様専用のお仏壇で朝からおまいりしてたのが印象的だった。Nさん、研修内容もさることながら勉強自体がものすごく苦手だったらしく、早々と会社を辞めたんだったっけなー。確か辞める時も理事長に無茶苦茶罵倒されてましたよ。

女性ばかりの中で唯一男性の新人だった源次郎。男性だということで皆から何かと頼りにされていたし、研修のテストの時も成績よかったし、すごくお行儀がよく、そして何よりもまずハンサム(←死語)だった。しかし名前が源次郎。結局私やN子ちゃんは年が一つ上ということもあって、よく源次郎をパシリにつかったものだった。

あーー、何もかもが懐かしい……。でもほとんどが霞の向こうだがな。しかし再会のときに備えて少しはダイエットをしてみようかと、今日はほんの一瞬だけ思いましたよ。
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