超久しぶりにちゃんと頭を使って勉強しなくてはならなくなったので(7月15日「30年ぶりの受験勉強」)、申請書類を取り寄せて申込要領をじっと見る。住民票とか会社からの証明書とかが必要なのだが、他にも大学の卒業証明書も必要と書いてある(学歴や実務経験他によって色々違うが)。えーーー、大学なんて卒業して20年以上たつのにーー。こういう場合、卒業した学校が廃校になっちゃった人とかどうなるんだろ。いや、私の場合は別に廃校にはなってないが。ウェブで検索すると、卒業証明書は窓口に直接取りに行く方法と郵送で取り寄せる方法があったが、何分にも受験書類提出の締め切り日が今週末で時間がないのだ。窓口直接しか方法はない。

まあ、そんな訳で昨日(夏祭りがあった日の午前中ですよ)20年以上ぶりに大学に行ってみた。総武線と手線に乗って巣鴨駅で降りる。さすがおばあちゃんの原宿、その時電車に乗っていたおばさん、おばあちゃん達がごっそり電車を降りる。巣鴨なんて毎年ポケモンスタンプラリーの時くらいしか降りないよー。改札口を出た正面の壁はスタンプラリーの時にはスタンプ押しの場所になっているが、昨日はおばあちゃん向けの渋いバッグや小物がずらっと並んでいた。巣鴨駅から都営地下鉄三田線に乗り白山駅で降りる。うわーーー、この駅に降りたのって、本当に25年くらいぶりだよ~。多分25年前よりも新しくてきれいになっているのだろうが、昔の記憶がすっかり消えている私にはよくわからない。

そういえば駅から大学への道順もまったく思い出せない。正門と裏門からそれぞれ入る道があったはずで、全く思い出せないが、でも行ってみれば思い出すんじゃないのか? と思っていたら改札を出たらすぐ目につく所に大学の案内パンフ置き場があった。1部手に取って地図を見てみるが、どうも25年前とは違うような気がする。しかし何せとにかく昔の事は覚えてないからな、違うかどうかもよくわからん。とりあえず地図通りに地下鉄出口を出て、周りを見てみるが、やっぱり思い出せない。地図通りに商店街を通り抜けるがどの店にも全く覚えがない。いくら25年前でもここまで記憶がないものか? 本当に大丈夫か? 自分。

疑問に思いつつも卒業証明書を発行してくれる教務課がある建物にたどり着く。建物が真新しい建物なのは当然だが、しかしここだったか? え? こんな場所だったっけ? 確かどちらの方向から行くにしても少し坂道があったはずなのにそれがまったくないですよ? え? どうなっているの? 私のボケはここまできてたわけ? とか思いつつとてもとてもご立派な建物の中に入る。

うわーーーーー……、夢のようにご立派ですよ……。私が入学したときは、大学の図書館にあった東京都内の大学案内みたいな本に「都内で一番建物や施設が貧弱な大学」と載っていたのに、どこを見ても真新しく立派ですよ。普通の一般人が見たら別にごくごく普通にしか思えないだろうが、あの、都内で一番おんぼろだった学校を卒業した者から見たら、信じられない光景である。私は当時美術研究部と漫画研究会に入っていたのだが、どちらの部室もあの昔の時点でですら消防法的に絶対撤去対象になるようなところだったもんだったが。何か不正蓄財でもしてたのだろうか(←失礼です)。それともバブルの頃にうまーーく波に乗って切り抜けたのだろうか。はたまた任天堂の組長みたいにポンと70億ぐらい寄付してくれるような卒業生でもいたのか? 

感心しながら卒業した社会学部の教務課の窓口で「卒業証明書の発行をお願いしたいんですが」と言うと、申請用紙の発行機で出した申請書に必要事項を記入してくださいと言われる。「先に証明書を用意しておきますので、お名前をお伺いします」と言われて名前を適当な紙に書いて渡したが、「あのー、学籍番号とかまったく思い出せないんですが」というと「検索できるから大丈夫ですよ」との答えが返ってくる。「あのー、卒業年度も正確に思い出せないんですが」というとこれまた「検索できるから大丈夫ですよ」との答えが返ってくる。まあ、コンピュータに全部入っているから当然なんだろうけど、こりゃまた便利だねぇ。昔はいちいち書類をめくっていたものだったが。

さて卒業証明書を発行してもらってから教務課のある建物を出て、校門横に掲示してある校内地図を見てみる。25年前にもあった学友会館がまだ同じ名前で残っていたので、大体の位置はつかめたが……、こりゃ学校全体を丸ごと建て直ししてますよ。しかもこの地図からいくと周辺の土地も買い取って敷地を広げたみたいだ。そりゃ、見覚えがないはずだよ、25年前はほとんど通らなかった道なんだから。建物も昔教務課があった建物は影も形もなく、緑のアーケードのようになっているようだ。大体真ん中にタワーがあったりするんだもんなぁ。そうだよ、昔は地下鉄出口を出て住宅街の真ん中の通り道を抜けて坂道を上がって裏門から入るとすぐ図書館があったのだが、多分昔通り抜けた住宅街部分が今の教務課がある建物になっているのだ。うーむ。

自分の記憶力にちびっとだけホッとして、また機会があれば大学で勉強してみたいなとか思ったものの、それは勿論現実逃避にすぎないのだ、と自分に言い聞かせて再び地下鉄に乗ったのだった。
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一昨日の金曜日と昨日の土曜日は小学校の夏祭りが開催される予定だった。ここの夏祭りは同僚の練馬のS嬢とNさんに「いくらなんでも熱心すぎ」と言われてしまったぐらい、お手伝いをしなくちゃならない親には結構ハードだ。何せ保護者は絶対参加で、絶対何かの仕事の担当になっているのだ。保護者もみんな何がしかの事情を抱えているが年に一度の夏祭りの前にそんな事情など関係ない。ましてや仕事をしているから担当の仕事は出来ないなんざ言語道断なのだ。去年やったときは1年生(の保護者)はヨーヨー作りの担当だったが、今年の2年生(の保護者)は焼きそばが担当ジャンルだ。もっとも私はPTA広報部の仕事をやっているので、広報部の仕事を優先して焼きそば係ははずされている。その広報部の夏祭りでやる仕事は会場放送である。

夏祭りの開催日が2日間あるので広報部12人をそれぞれ6人ずつ振り分け、さらに前半と後半で3人ずつが放送席を担当する。私は1日目(金曜日)の前半担当で午後5時に集合して7時まで放送席を担当することになった。メインの開催時の説明や協賛者、提供などの読み上げ、進行などのほかに迷子や落し物の説明も行う。先週の定例会でもらった放送マニュアルは9ページもありましたよ。ま、放送自体は特に問題も何もないのだが、今の季節、東京はまだ梅雨真っ只中ですよ。

夏祭りは2日間開催予定とはなっているが、1日目が雨などで中止の場合は2日目だけ開催、2日目も雨の場合は3日目の日曜日(今日)、開催することになっていた。ただし1日目が開催で2日目が雨の場合は3日目の開催はなし、そしてPTAの各役員はお祭りが終了した翌日の午前中は後片付けをしなくてはならない。1日目か2日目に開催できた場合は3日目の今日の日曜日にお祭りの後片付けだが、1日目も2日目も雨で3日目に開催した場合、後片付けはその翌日、つまり平日の月曜日の午前中にしなくてはならない。

しかし広報部の部員は12人中11人が兼業主婦(主夫)である。もし夏祭りの開催が3日目になった場合、後片付けは会社や仕事を休んでやらなければならないのである。広報部のみんなが驚いて「えーーーっ!」と声を上げると、その説明をPTAの夏祭り準備委員会で聞いてきた部長のFさんと副部長のHさん、そして部内の夏祭り担当のKさんが「でも、今まで3日目開催にはなったことがないから大丈夫だって言ってました」という。えーーーっ、それこそびっくりだよ。「夏祭り開催の執念で必ず1日目か2日目のどちらかの日は開催できてきたそうです」。執念で開催って、コミケかよ。
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さて先週無謀な分離手術を行なったミニトマトだが(7月18日「危険な分離手術」)、今日の時点ではまだ枯れずになんとかちゃんと立っているようだ。バジルのど真ん中に咲いた朝顔も相変わらず花を咲かせているし、バジルも相変わらずの育ちっぷりだ。そんな野放図なベランダ学園に転校生がやってきた。

ミニにんじんちゃんだ。えーーーーーっ、聞いてないよ~と思って子どものクラス便りを見てみたら、ちゃんと書いてあった。みんなでそれぞれミニにんじんだのなすだのオクラだのミニトマトだのを育てているので、夏休みが始まる前にそれぞれの鉢を持ち帰って育てるように、とのことだ。私はナスがよかったけどな……。まあ、君たち、私は面倒見ないけど仲良くやってくれたまえ。

これは子どもがホワイトボードに書いていたメモ。

「大ニュース!!

ごく楽とんぼの山本が女の子にぼうりょくふって(ふるって?)よし本こうぎょうクビにされました!!」

めちゃイケの山本(特に山奥とか油谷さんが)が大好きな子どもには本当に大ニュース。子どもに「暴行って何?」と聞かれたので「女の子に暴力ふるったんだってー」と言うと、「女の子って、小学生?」とまた聞いてくる。小学生だったら本当に二度と世間様の前には出て来れないよ!! 「いや、17歳みたいだけどさー、暴力はダメだよね」と言っていたのだ。ま、私としては洋ちゃん主演の「東京タワー」が、共演していた山本のせいで無期限延期でちょっとがっかりだ。
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