5回目である。今まで映画館で(←あくまでも映画館で)同じ映画を5回も見たのは高校生・大学生時代に見た「ジーザス・クライスト・スーパースター」ぐらいなもんだ。その後3回が「ルパン3世カリオストロの城」と「ジュリア」、2回が「風の谷のナウシカ」と「ライト・スタッフ」だったかな。「ハゲタカ」は5回見てもまだ飽きないな。でも子ども(10歳)には、「そんなにもハゲタカ、好きなんだ……」とすっかり呆れられている今日この頃だ。
(参照:6月26日「映画「ハゲタカ」」(1回目鑑賞)、6月28日「映画「ハゲタカ」2回目鑑賞」、7月2日「映画「ハゲタカ」3回目鑑賞」、7月5日「映画「ハゲタカ」4回目鑑賞」、7月8日「映画「ハゲタカ(字幕版)」5回目鑑賞」←いまここ、7月13日「映画「ハゲタカ」6回目鑑賞」、7月15日「映画「ハゲタカ」6.5回目鑑賞(ハゲタカ映画祭) 」、7月17日「映画「ハゲタカ」7回目鑑賞」、7月20日「映画「ハゲタカ」8回目鑑賞(DLPスクリーン)」)

しかしさすがに5回も見ますとはなかなか言えないのである。でも仕事を早引けして見に行くので会社の人たちに一言言わざるを得ない。

練馬のS嬢「今日の午後は(今日はレディースデーで1,000円で見れるから)またなんか見に行くんでしょ?」
私「うん」
Nさん「今日は何見るの?」
私「……えっと……3回目を見ようと思って」(←5回目とは言えない……)
Nさん「え……!?」(←久しぶりに目が点になった人を見た)
S嬢「へえええええー」(←「へ」よりも「え」が大きい感じ。かなり呆れているニュアンス)
私「今日は埼玉に行って来るよ」
S嬢「え? もうそこでしかやってないの?」
私「いや、普通のはまだ今週一杯はやっているかな。今日行くところは関東圏内で唯一字幕版を上映するところなのよ」
Nさん「字幕!? なんで? 台詞が英語なの?」
私「いや、日本語だよ」
Nさん「日本語台詞なのに日本語字幕のを見るの? なんで?」
私「聞き取りにくかった台詞とか言葉が字幕に表示されてわかりやすいみたいだからちょっと見て見たくて」
S嬢「……(←まだ呆れている)。でもさー、日本語がわかるのに字幕が出ているとすごくうざくない?」
Nさん「そうだよねぇ、なんか邪魔っぽそうな気がする」
私「でも一度くらい面白そうな気がするんだよね」

そして同じ部署で仕事をしている大お局様のK池さんとY岡さんにも映画を見るから早引けする旨伝えたところ、私の昔からのオタクぶりをよく知っているK池さんですら本当に呆れたらしく、私が「お先に失礼しまーす」と言って席を立ったら、さるやんごとなきご一族の次男嫁のようなアルカイックスマイルを浮かべて「いってらっしゃい……」とやさしく送り出してくれたのだった。ちなみにY岡さんは休みの日はダンナと中学生の息子と3人でバンド活動をするくらい趣味の人なのだが、やはり同じ映画3回(本当は5回だが)には「どうしちゃったの?」的な戸惑った笑いを浮かべて見送ってくれました。あーーー、皆の視線が痛い……。

さて、日本の映画を日本語の字幕付きで見るのは生まれて初めてである。聞き逃していた言葉や見逃してた状況説明などが今回の字幕でわかればいいなと軽く考えていたのだが、思っていたよりも格段の収穫でしたよ。まず外国語映画の日本語字幕の場合、通常、字幕内容は登場人物達の台詞のみなのに引き替え、日本語映画にわざわざ日本語字幕がつくということは聴覚障害者への配慮であるため、字幕内容は台詞だけではなく、効果音の説明、どの台詞を誰が言ったのか、難しい省略英語には日本語の説明単語の上に省略英語のルビがついたり(例えば台詞で「TOB」と言っていたら字幕で「株式公開買い付け」という文字の上に「TOB」というルビが入るような感じ)、また時には状況説明もはいるのである。これはちょっと驚きでしたよ。あと文字での説明が無く耳で聞いていただけの固有名詞がわざわざ漢字で表示されるのもちょっとうれしい(たとえば「シェトウ(血頭)」とか「バイファ(白華)集団」とか)。

ドキュメンタリーではなくドラマの場合、ドラマ内に流れる音は意図的にわざわざ追加されるものである。言わずもがなだがドラマの場合音も作品の重要な一部なのである。例えばこの映画の中で、劉一華(玉山鉄二)が派遣工・守山(高良健吾)に「誰かになるんだ」と言う場面。説明効果音は「激しい雨音」と「雷鳴」である。ここで雷鳴の音を入れる事で守山の気持ちの中に「ウォーター-ァァ-!!」(by ヘレン・ケラー)な変化が生まれたことを暗示している訳ですね(←これは非常にわかりやすい例)。

こんな感じで効果音の説明がところどころに入るわけですが、たびたび入るのが「鳥の鳴き声」とか「鳥のさえずり」という説明ですよ。この映画の主人公は「鷲津」、タイトルは「ハゲタカ」、そしてBGMで流れる音楽には「飛べない鳥」「折れた翼」「鋭嘴」「His Wings」というように鳥にちなんだ曲名がついていて、この映画全体で「鳥」が重要なモチーフとなっている。しかしこの映画内の鳥の効果音は結構ささやかなものでわざわざ言われなきゃわからないというか、ごく自然に流して聞いてしまう音だ。もちろん聴覚障害者の方に状況がよくわかるように「雑踏の音」「紙をめくる音」「フォークリフトの警告音」「携帯電話のボタンの音」というように説明がたびたび入るのだが、「鳥のさえずり」は本当にささやかな音で、わざわざここで表示しなくてもいいようにも思えるのだ。

ではどんな場面でそれが表示されたかというと全部は覚えていないのだが思い出せるのは、西野治(松田龍平)の初登場シーンとラストの劉の生まれ故郷を訪れる鷲津(大森南朋)の場面である。つまりあの鳥のさえずりは「ハゲタカ」の雛たちを暗示しているんじゃないだろうか。うーむ、考え過ぎ?

あとアカマのTOB価格をどんどんつり上げて行く場面、私は劉と鷲津でかわりばんこに値段をつりあげていっているのかと思っていたのだが、字幕ではどんどん値段をつり上げて行っていたのは「劉の声」だけでした。つまり劉が一方的にどんどん攻めてて、鷲津は後手後手に回っているという様を表現しているわけですね。いやー、5回目にして初めて気がついたよー(これはいくらなんでも気がつかなさすぎか)。

それから一番最初に中国の田舎の風景の場面で「風の音」と字幕が出るのだが、最後の同じ風景場面に表示されるのは「風が鳴る音」ですよ(ここの部分はネットでの書き込みで指摘していた方がいたので今回ちょっと注意して見ていた)。この「風の音」と「風が鳴る音」の実際の音の違いは私にはわからなかったのだが、この言葉の意味の違いは一目瞭然である。つまり「風の音」と表示されているのは風景の中の一場面、しかし「風が鳴る音」というのは、風が鳴る音を聞いている誰かがいる、と言う事なのである。つまり鷲津が聞いてますよ、っつーことだよ。いやあ、字幕の世界は奥が深いよ。

しかし現時点で関東圏内で字幕上映をしているのは埼玉県のMOVIX さいたまだけ、しかもあと明日1日だけだ。これから2回以上見る予定の方はぜひとも字幕版も見てみる事をオススメします。

で、ここからネタバレ(いまさら~~?)(白文字にしてあります)





一番最後の壁の絵を見つめる鷲津の表情、私は劉を悼む気持ちと彼に思い馳せる気持ちが一番強いのかと思っていたのだが、違ったよ。鷲津はあの絵から、少年がいだいた夢とあこがれの気持ちを、今現在の自分にしっかりと受け取っていたのである。ラスト10分間は情緒的すぎて不要という意見も見受けられるが、いやいやいや、ここがなけりゃ、この映画には一本筋が通らないでしょ。やっぱり大森南朋、SUGEEEEEEEE!
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コメント
………恐れ入りました。五回目にってことじゃなく(それくらいじゃ驚かんわい)、字幕版を見にわざわざ埼玉まで出向いたことに。でも分かるわ、その気持ち。ゲームも台詞は声優がしゃべってるけど、字幕は消せないもんね。目と耳とダブルでインプットしたいから。でさ、鷲津政彦萌えは分かったけど、大森南朋はどう?「好き」くらい?SUGEEEEEEEE!と叫ぶくらいだから、やっぱ好きか。
2009/07/09(Thu) 09:29 | URL | suika | 【編集
えっとー、まだまだ見たりない私がいるんですが、一体どうしたらいいでしょうか。はぁ、原稿やらなくちゃならないのに手につきません!(←やっぱりただの言い訳?)

>鷲津政彦萌えは分かったけど、大森南朋はどう?

これがさー、微妙なの。だってインタビューとか雑誌記事とか見ても、鷲津政彦と大森南朋は別人すぎるんだもん。あそこまで別のキャラになりきって、ああいう超微妙な演技をできるってすごいと思うんだけど、鷲津政彦以外を演じる大森南朋にはまったく興味がないんだよねー。
2009/07/09(Thu) 10:55 | URL | tsumire→suikaさん | 【編集
まぁ奥様、さすがだわ!それでこそKさん、ハマると常人の付いてけない境地までまっしぐら!もうこうなったら劉の出身村までハゲタカツアーに行ってちょうだい!(私も同行します)
映画に関してはすれっからしの私も一夜明けても頭ン中「ハゲタカ」でいっぱいだわ。
私の場合は劉萌えなので、もう感想は「悲しい」「せつない」。とても経済ドラマを見た、という気がしない。ほとんど冬ソナに嵌るおば樣方と同じ心境です。
しかしこの映画、不親切だよね。橋田壽賀子を見習ってほしい位(?)説明が少ない。
2度目の「お前はだれなんだ?」で劉くん、いきなり捨てられた子犬みたいにペシャッちゃうじゃん?あの辺の心境はWHY?
なんせ感情の説明を排してるドラマなのでよく分からん。だって同じ質問2度目だよ!1度目は「俺はあんただ」とかエラソーだったのに。
あの落ち込み方はそんなにアカマに思い入れがあったから?もっと個人的なあの家とか、母親が血を売って他人になりすましたこととか、封印してた本来の自分がどっと戻ってきたのか?私はかってにそう解釈してチョー切なかったけど、ほんとのとこどうなの!?と制作者にききたい。
あと最大の突っ込みどころは、あんな高級ホテルの近所で今時舗装してなくて(どろんこ)、浮浪者がわらわらいるってどこだよ!?・・・とマンダリンホテル、地図で調べちゃったよ。東京だとすると日本橋、おお日銀が隣りだ。じゃあ、あの浮浪者の方々は日本資本主義の近未来でも象徴してるのか!?最後に言ってた「資本主義の焼け野原」はアメリカだよね。

なんかこれ、リピーターになる人の気持ちが分かるね。
時間の都合でかなりカットしてあるせいか、あちこちに気になるシーンがあって、確認のためにまた見てしまうみたいな・・。ぜひノーカット版を見て見たいね。
確かに「ハゲタカ」危ない映画ね?特に「入稿」とか「舞踏会」とかある方には!
2009/07/09(Thu) 14:16 | URL | oha~ | 【編集
ネタバレあり。


うわー、oha~さんなげーな。キミもハマったんだね、ふふふ。なお、劉の出身地の村ですけど、ロケ地は埼玉(最初と最後の草原)と茨城ですってよ。鷲津がふてくされていたビーチは台湾らしいけど。

>しかしこの映画、不親切だよね。橋田壽賀子を見習ってほしい位(?)説明が少ない。

いくらなんでも橋田先生は多すぎ。この映画は「言い訳しない男達の物語」だから仕方がないとしかいいようがない(……と思うことにしているのさ)。

>2度目の「お前はだれなんだ?」で劉くん、いきなり捨てられた子犬みたいにペシャッちゃうじゃん?あの辺の心境はWHY?

まず最初の「お前は誰なんだ」の時の劉の意識は自分=鷲津だったわけだけど、2度目の「お前は誰なんだ」の直前のシーンは中国政府が出てきてスタンリーと契約を結んで劉がほくそえむシーンだよね。あそこで劉は「自分は鷲津を乗り越えた」と思ったんだと思うよ。ところがその後駐車場で鷲津に全てお見通しだったことを指摘された上に、「本当はお前だけがアカマを愛していたんじゃないのか?」という核心に触れる一言を言われちゃったことで、今まで被っていた偽者の仮面が剥がされて、丸裸にされたも同然になり、一気にアカマに夢とあこがれを持っていた頃の小さな少年に戻ってしまったから、あーゆー表情になったんだと思うんだけど。だから「封印してた本来の自分がどっと戻ってきた」というのがアタリじゃないかと思うけど。

>今時舗装してなくて(どろんこ)、浮浪者がわらわらいるってどこだよ!?

ここ。公園内だから舗装されてなくてもおかしくはないんじゃないかな。
http://homepage3.nifty.com/oohasi/tokiwa.html

>最後に言ってた「資本主義の焼け野原」はアメリカだよね。

まー、現状を考えるとそうかもね。日本も延焼しちゃっているわけだが。私はあの鷲津のセリフを聞いて「(もともと燃料がは山積みになっていたとはいえ)火をつけたのはお前だ」とつぶやいちゃったが。

>特に「入稿」とか「舞踏会」とかある方には!

……(遠い眼)。
2009/07/09(Thu) 15:02 | URL | tsumire→oha~さん | 【編集
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