6回目。もうほとんどの映画館では上映が終わってしまって、残りの上映館もあらかた今週一杯という状況だ。これから映画のDVDが出るまで一体どうやって過ごせというのだ(はぁ~)。

今日もまた子ども(10歳)に留守番をさせて家を出たのだが、「え--! また見るの-!? これで3回目じゃない!」と言われてしまいました。ゴメン、言ってなかったけど本当はもう6回目なの。それにしてもさ、うちは先日家人が「スタートレック」を3回見に行ってるし、子どもだってお気に入りのPerfumeの曲や陣内智則のネタをいい加減にしろっ!というくらい毎日繰り返し繰り返し見ていて、通常のご家庭よりは格段に「ハマる」という事に理解があるはずなのに、この反応。ま、いいんだけどさ-。

さて、1回目はストーリーを追うのに必死で、2回~4回目は色々理解したくて、そして5回目は字幕を読むのに必死で、ただ何も考えずにこの映画を見るという事が出来ていなかったように思う。そこで今回は何も考えずにただひたすら「ハゲタカ」の世界を感じよう、と思ってスクリーンに向かったわけですが……やっぱりダメだったよ、ママン……。無我の境地で作品を見るにはまだまだ私の修業が足りないのか。あとどれくらい修業を積めば道が見えてくるのであろうか(遠い目)。

それにしてもね、今回はあのラストで泣きそうになってしまいました、6回目にして初めて。鷲津(大森南朋)が また背負ってしまったものの大きさに見ているこちらの方が胸が締め付けられ、でも、あの「焼け野原」に、そして真っ直ぐ延びた1本の道に、立ち向かう決意をしたファンドマネージャー・鷲津政彦の顔にすっかりやられてしまいました。

また、このところ「ハゲタカ」関係の雑誌記事を色々あさっているのだが、インタビューを受ける大森南朋と鷲津政彦が全く一致しない。この人(大森南朋)がどうしてあんな風(鷲津政彦)になっちゃうのか、本当に不思議でしょうがない。……とか思いながら見ちゃうのも煩悩鑑賞の一因だ。

あと私としては前にも書いたが、劉一華(玉山鉄二)に「ご一緒にどうですか」と言われて鷲津が目で返事するのが一番の萌えポイントな訳だが、ドバイの王子宅でスタスタ歩く姿も非常にポイントが高うございました。あの上体に対して足が細すぎで、その細い足が小学生みたいに手を振って歩幅大きくスタスタ歩く様がようございました。鷲津政彦、ラブリー。またいきなり王子とタメでアラビア語を話すのも実にナイス(「リアンナカ・ラム・タクル・アイィシャイ」とかちゃんと言ってみたいところだ)で、アラビア語は無理でもせめて英語くらいは鷲津レベルに近づけるべく勉強しようかと一瞬思ってしまいました(本当に一瞬だが)。

でも一番クラクラするのは鷲津がすっごくいいスーツをパリッと着こなしているところだね。しかも三つ揃いで、おまけにみんなオシャレさんだから芝野(柴田恭兵)以外はネクタイとコーディネートしたポケットチーフをのぞかせちゃっててさ(出陣式?の「じゃ、行きましょうか」の前のお着替えシーンもナイスだし、上着とベストを脱いでサスペンダー姿での苦悩シーンもようございます。ただし同じサスペンダー姿でも「売って売って売りまくれ!」のシーンはなんか子豚ちゃんだったが)。でも今あんなスーツを着ていたら、あと3年後くらいに「ハゲタカ」の続編がNHK土曜ドラマで制作された時に(←断定)予算がないNHKでは着る服が無くなっちゃうんじゃないのか?という余計な心配までしてしまいました。

という訳でいまさらだが折り畳みます。
参照:
6月26日「映画「ハゲタカ」」(1回目鑑賞)
6月28日「映画「ハゲタカ」2回目鑑賞
7月2日「映画「ハゲタカ」3回目鑑賞
7月5日「映画「ハゲタカ」4回目鑑賞
7月8日「映画「ハゲタカ(字幕版)」5回目鑑賞
7月13日「映画「ハゲタカ」6回目鑑賞」←いまここ
7月15日「映画「ハゲタカ」6.5回目鑑賞(ハゲタカ映画祭)
7月17日「映画「ハゲタカ」7回目鑑賞
7月20日「映画「ハゲタカ」8回目鑑賞(DLPスクリーン)
今回なんで無心で見られなかったかと言うと、鷲津と劉の携帯が気になったからですね。鷲津の最初の待ち伏せ(「お前は誰なんだ」inマンダリン)は明らかに待ち伏せだからいいとして、2回目のアレ(「お前は誰なんだ」in駐車場)は待ち伏せなのかそれとも呼び出しだってのか、初めて見た時からずっと気になっていました。呼び出しだとしたらどういう名目で呼び出したのか気になるし、第一鷲津は待ち伏せしてはしても呼び出しなんかするかなあ??でも待ち伏せするにはちょと不自然な場所??というのが疑問なので、とりあえず2回目も待ち伏せ、としてみた訳です。

(訂正:7/22 見れば見るほど、「これは鷲津が劉を呼び出した」が正しいですね……。鷲津は大勝負に出る前にもう一度劉に会って確かめたかったんだろうし、劉は劉で鷲津に勝ったと思っているもんだから呼び出しにも応じちゃったのね。でもこの時にこう思ったのは事実なので、修正はしません)

まず劉が鷲津に最後に掛ける電話だけど、あれは劉の携帯にはちゃんと電話番号が登録してあるからあの状況で鷲津に電話できた訳だよね。一方鷲津の方では劉の携帯番号は別に登録してなかったんじゃないのかという気がするのである。だから劉からの最後の伝言メッセージも誰からのものであるのかまず表示されず、中身を聞いてから劉からの電話であることに気がつき、そしてその電話をしてきた状況に驚いての、あの表情なんじゃないのかという気がずっとしていたわけですね。

でも、2回目の「お前は誰なんだ」は鷲津が劉を呼び出した結果だとすると、鷲津の携帯には劉の番号が登録されていたことになるんじゃなかろうか。もちろん、村田さん(嶋田久作)が「調べておきました」と紙でスチャッと渡してくれただけという可能性もあるけど。鷲津の携帯に劉の番号が登録されていたのだとしたら、最後の伝言メッセージは聞く前にそれが劉からのものであることが表示されてわかるはずで、だとしたらあの表情はちょっと違うんじゃないのかなーという気がするんだけど(違うか??)。

なお、劉は最初からストーカー的に鷲津の情報を追っかけていたので、電話番号を直接本人に聞かなくてもすでに掴んでいた可能性が高く、しかも多分携帯には絶対登録してたはず(←決めつけ)。

あとラスト、壁の絵を見るシーンで眼鏡を掛けたまま凝視する鷲津ですよ。なぜあそこで眼鏡を掛けたまま(←つまりファンドマネージャとしての鷲津)だったのか。肝心の劉はもう死んでいるから?(←生きている人間と対峙するわけではないから?)。ファンドマネージャとして必死に生きた劉を悼んで?あの絵から確かにしっかりと夢と憧れを受け取ったのは素の鷲津ではなくファンドマネージャである鷲津だったからか?(ま、「焼け野原」に立ち向かう覚悟をしたのはファンドマネージャである鷲津だしね)。

とか考えながら見ちゃうからいつまでたっても煩悩まみれなんだな。
関連記事
コメント
下手に三回目とかいうから驚かれるのでは?正直に六回目って言えば、あきれて何も言わないかも。てことで、ご主人の「三回目」も実は………
それにしてもオタクって人種は、製作者サイドからするとハマってくれるのはありがたいんだけど、細部まで深く突いてくるところが恐いという諸刃の剣かもねぇ。そして今やtsumireさんは、大森南朋が意識した以上に、深く芝居をよみとってるかもよ。
2009/07/13(Mon) 08:19 | URL | suika | 【編集
>下手に三回目とかいうから驚かれるのでは?

そっかあ、じゃあ10回くらいになるとみんな菩薩の笑顔で見守ってくれるかなあ……。

>大森南朋が意識した以上に、深く芝居をよみとってるかもよ。

人はそれを「妄想」と呼ぶのだよ。
私も文芸評論とか漫画評論を読んで、「いやいやいや、作者はそこまで理詰めで考えて描いてないって。もっと感覚的に描いているはず」とか思うので、妄想と呼ばれても仕方がないと思っております。
2009/07/13(Mon) 10:17 | URL | tsumire→suikaさん | 【編集
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事へのトラックバック