龍馬伝 第19回
今回は攘夷という夢破れて挫折の現実を味わう半平太さん(大森南朋)ですよ。桜吹雪の中、お殿様(近藤正臣)からの出陣命令を待ち、結局指示のないまま5月10日という日を迎えて絶望し、そして収二郎(宮迫博之)を救うためにあえて土佐に戻る事を選んで龍馬(福山雅治)に別れを告げ、桜吹雪の中去ってゆく……。ん? ちょっと待て。旧暦の5月10日で桜ってなんだ!? いやいや、あの散る桜はあの状況の心象表現なんだから大目に見なくちゃ、と思いつつ、私は桜にはうるさい女なのでね(←本当にうるさいだけ)、ついつい検索サイトでチェックしちゃったよ。今年だったら旧暦5月10日は新暦(西暦)で6月21日ぜよ。桜どころか梅雨のまっただ中じゃん(いや、だからあれは心象表現で---)。

[あらすじ]
「将軍・家茂(中村隼人)は5月10日に攘夷(じょうい)を決行すると天皇に約束する。武市(大森南朋)は勤王党員とともに藩からの攘夷の命令を待っていた。龍馬(福山雅治)は、収二郎(宮迫博之)が藩の役人に追われていることを知って救おうとする。だが、収二郎は捕まり、期日に攘夷を決行したのは長州藩のみだった。失意のなか、収二郎を救うために土佐に戻ろうとする武市を龍馬は必死に制止するが、武市は土佐に旅立つ」(NHK番組表より)。

昨日はなんとか8時前に夕飯を作り終えようと思っていたのにタッチの差で間に合わず、食卓に着いたら勝海舟(武田鉄矢)の以蔵(佐藤健)への説教が始まってて、今回の演出さんが誰なのか見逃してしまったぜよ。まあ録画を追っかけ再生をすれば見られるんだけど、よっしゃあ、本編をこのまま見て演出を当てたるわいっ(←どこの人?)と、そのまま見てしまいました。

いくらなんでも先週に引き続いて今週も渡辺さんっつーことはないだろう(第1部では2回も連続渡辺Dという反則技(?)が出た事があったから油断は出来ないけど)。梶原さんという新しいDが入ったっつーことは真鍋さんは抜けたのかしら。前回渡辺Dで前々回が梶原さんだったから今回は大友さんの可能性が高いような気もするけどもしかして梶原さんかしら。やっぱり追っかけ再生で演出担当を確認してから見た方が心安らかに見られるんじゃ……。

さて、龍馬と以蔵の会話場面、画面は普通に流れるけど以蔵の表情をじっくり見せてくれるあたり、大友さんぽい。でも以蔵に「おのれの生き方をすればいい」という龍馬がなんか鼻につくなあ。で、そこに鬼の形相の収二郎がやってきて結局以蔵+収二郎で逃げ出す顛末が思っていたよりも割とあっさり目。これ、渡辺Dだったらもっと収二郎の表情が鬼っぽく(マンガっぽく)なるんじゃないかなあ。一方、一人ぼっちでフラフラしている半平太さんは、これは先週分だから渡辺D、でも収二郎造反のニュースを聞いてまたもや変な表情のまま過呼吸でぶっ倒れる半平太さん。えーーー、なんなの、このキャラ。今週ももしかして渡辺Dなの!? 勘弁してよーーーー。

そして江戸城では将軍後見職・眉なし慶喜(田中哲司)が攘夷決行は5月10日と空手形を発行した後に着々と根回しというか、なんかヤクザの親分が「そんなこと、やっちゃったりしませんよねぇええええ、社長さん」て言う感じで各藩のスタッフに非常にソフトな恫喝ですよ。ここはのちの15代将軍はそれなりの政治力があるんですよというアピールか?(政治力、か?) なんか眉なし(以降、徳川慶喜は「眉なし」で(笑))の高笑いがちっくと渡辺Dテイストだけど、時代背景をちょくちょく挟み込んで物語としての整合性を持たせようとしているあたり梶原さんっぽいかも。また、眉なしの高笑いに対してテツヤ臭を隠してじっと耐える感じの勝海舟、攻めの反応よりも受けの反応を、「動」よりも「静」を、あえてメインに映すところなんか大友さんぽい。……やっぱり追っかけ再生した方がよかったかなあ。

政治状況描写も、江戸城内あのバタバタぶりなんかもしかするとリアリティがないのかもしれないけど、時代背景としてはあれくらいのバタバタ感があったほうが物語に緊迫感が出るような気がするし、強欲な公家連中と腹黒幕府(って、腹黒を一手に引き受けているのは眉なしだが)の対比もなかなか。そしてクラリス、違った、アメリカ公使ロバート・ブリュイン(イアン・ムーア)と英語で話す外国奉行・柴田剛中(青山伊達美)ですよ。ついこの間まで日本語→オランダ語→英語→オランダ語→日本語、っつー感じで意思の疎通のできなさ加減と幕府のオタオタした対応振りを見せていたのに、今じゃタメで笑顔で話してクラリス(違)にお酌までしてます。日本政府、頑張っているじゃん、てなあたり梶原さんっぽい。

そして半平太さんvs超平和主義者な龍馬with収二郎+以蔵。うーむ、この鼻持ちならない龍馬は一体何だろう。って、もちろん脚本が悪いんだけどさ、わざわざ龍馬ageをしてやらないとこうなるってことか? そして半平太さんはもう言っちゃダメな台詞のオンパレードですよ。おまけに最後には5月10日になればわしが正しかった事が証明されるとか言っちゃって、見ている方は史実を知っているだけにこの頑な感じが哀しいですねえ。でも、一人でかつて龍馬も押した土佐勤王党結党の血判状を見てなんとか自分を奮い立たせてはいるんですけんど、何かこう、ちぐはぐな感じを感じ取ってはいるんですね。自分に言い聞かせているようにも見えちゃう。ううううむ、この感じ、人間を描こうとするこの感じは渡辺Dじゃねえな。最初の方の過呼吸シーンは渡辺Dかもしれんが。

お殿様からの出陣命令を待つ半平太さんの背景は桜吹雪。しかもさ、土佐にもどっちゃったお殿様は散る桜を杯に取って酒飲んでいるんです。あの杯の中の花びらは半平太さんなんですね。この感じはちょっと大友さんぽいけど。そしていよいよ5月10日が来る訳ですけど、もちろんお殿様からの出陣命令は来ず、静かに思い詰める半平太に何故なんだと言う疑問の目や責めるような視線を送る勤王党の面々。重く粘り着くような絶望の時間が過ぎてゆく。やがて半平太さんは桜吹雪の闇の中、一人静かにたたずみ、そして挫折を納得するんです。夢は潰えた……。うぉぉぉ、美しい……。一人で佇んでいても第18回の時みたいにふらふらしてない。挫折し絶望してもまっすぐに立つあの姿は、最後の最後まで侍であろうとしているんです。

翌日(?)、そんな半平太さんのところにやってくる龍馬ですけどねー(棒読み)、このシーン、なんだか舞台劇みたいだった。脚本がアレだから今改めて台詞を聞き返してみると、なんでこんな台詞にしちゃっているんだろうと思わないでもないですけんど。でも攘夷を実行する事が出来なかったと言う現状を受け入れ、自分には他の生き方は出来なかったのだという半平太さんの静かな眼差し……。半平太さんにはもうすでに本当に、最後の覚悟が出来ている。なんだか最初の頃の半平太さんを思わせますねえ。そして、お殿様を相変わらず信じているから自分の力で収二郎を救う事が出来るはずとか言っているんですけんど、でもそうではない現実にも気がついている。土佐に帰ったらもう戻っては来れないかもしれないことを感じてはいる。だから龍馬には「達者での」と言って桜吹雪の中去っていくんですよ。

「ほんまに異国の脅威から日本の独立を守れるんやったら、わしはおまんの海軍に加わってもええ」なんていう画期的な(!?)台詞まで出るんですけど、でも半平太さんはそんな日が自分に来るとは思ってない。自分には今更そんな生き方ができるとは思ってないし。だから「また会おう」でも「さらばじゃ」でもなく、「達者での」。また会えるどうかわからないし多分もう会えない。だから「また会おう」とは言わない。そして確実な別れの言葉である「さらばじゃ」でもない。ただ、相手を気遣う別れの言葉で去ってゆくんです、半平太さんは。

今週の龍馬、すっげー鼻水たらしてた。終わり。

今週の弥太郎(香川照之)、今週も出番なし。ただし来週はあの超クセありの奥さん(マイコ)に思い切り肥だめにハマっていたことを暴露されちゃってます。

うううううむ。これは。これは、梶原さん率70%、大友さん率28%、渡辺D率2%というところか。じゃあ、正解を見てみよう。

……梶原さんでしたっ! という訳で来週は渡辺D率が高くなっちゃったよ(そこか!?)。
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テーマ:龍馬伝
ジャンル:テレビ・ラジオ
コメント
なるほど!新しいドラマの楽しみ方を見つけたね ♪演出家当てっこ。

>うーむ、この鼻持ちならない龍馬は一体何だろう。

そうそう、最近かなり福山君、見直してたんだけど、今回はちと違和感というか、腑に落ちないものがあったな。なんか一人だけ、現代人の「福山」のまんま・・みたいな。(まぁ大体に於いてずっとそうなんだけどサ) 
だいたいこの時代の人間に現代と同じような「個の人間」って感覚ってあったんだろうか?
でもねぇ、これ見てて、半平太はどうしようもなく硬直してるヤツ(に描かれてる?)と今まで思ってたんだけど、案外これが江戸時代の理想的な人間像なんだな...って気がしてきたよ。
龍馬が当時としては相当"変なヤツ”で、半平太が儒教思想の理想的な落し子というか...。
まぁ約1名、そう思っただけでも(少なくとも半平太の)演出は悪くなかったのかも・・!?

そうか!旧暦5月だと6月だよね?わたしゃアホで、桜が散ってるから「あぁ今の4月なんだな」と思い込んでしまったよ。
2010/05/10(Mon) 23:59 | URL | oha~ | 【編集
あえて演出の名前を見ないでおいて、ドラマを観ながら推理する…って遊びもアリですね。
私は短気だし、細かいところに気づかないので、演出が気に入らなきゃ、大友さんか梶原さん以外のDだと即座に決め付けてしまいそうだからムリ。(笑)
tsumireさんは、隅々までご覧になって分析・推理なさって、さすがです。
こちらでtsumireさんのレビューを拝読するのは、自分が気づかなかった視点を教えていただけて楽しみなのですが、そのたびに「自分のドラマの視聴の仕方は雑すぎるな。」と思ってしまいます。
まあ、生きている姿勢自体が雑なので、しょうがないんですけどね。(汗)
桜のこと(「ふたりの京」の時の紅葉も)だって、旧暦と照らして考えるなんて観ているときは全然アタマの中になかったですもん。
ただ、桜が美しければ良い、武市半平太の武士道と美学を映していると受け取れれば、なお美しくて良い、という程度の観方なので、チョロい視聴者です。(笑)

桜といえば、龍馬が確か桜の枝を持ってましたね。
「ふたりの京」ではススキを持っていたし、龍馬が京都に行くときは何かを持たせるのが決まり?


この回は、本当に梶原さんが担当で良かったですよ。
だって、半平太さんのセリフは、NGワードだらけですからね。
脚本の邪な意図が透けて見えます。
渡辺さんが演出していたら、半平太さん、大惨事だったかも…。

>>龍馬がなんか鼻につくなあ

福山龍馬は嫌いではないのですが、西洋的正義や個人主義を押し付けている時は、かなり鼻につきます。
現代日本の価値観が絶対的に正しいと断じている制作サイドの姿勢があり、そういう価値観の人物として設定された龍馬だけが真・善・美という描き方ですが、そういう描き方は、歴史ドラマとしては、ものすごく違和感があります。
そう感じていしまう自分は少数派なのでしょうけれども。
だけど、龍馬だって、決してLOVE & PEACEだけの人じゃなかったのに、それはバッサリと切ってある『龍馬伝』なので、この先も、龍馬を善い人・正しい人とするために、色々なエピソードや脇役を犠牲にしていくんでしょうね…。

>>挫折し絶望してもまっすぐに立つあの姿は、最後の最後まで侍であろうとしているんです。

そうなんですよー。
梶原さんが、武市の侍としての潔い精神、侍としての美学を貫く覚悟を、ちゃんと描くんだ!という意思を持って演出していらっしゃると感じた回でした。
武市と龍馬が藩邸で語り合うシーンでも、セリフだけ字に起こしてみると、これを渡辺さんが担当していたら、武市さん大怪我しそうな匂いがプンプンしますけど、梶原さんだったので、少しはクサくても、感動的な流れになったと思います。
侍・武市半平太を撮りたい、観て欲しい!という想いがあるから、冗長な印象を与えるかもしれないリスクを冒しても、じっくり長いシーンにしたのだろうと思いました。
あのシーンは、冷血な私もウルウルしてしまいました。
龍馬みたいに鼻水は出なかったけど。
やっぱ、梶原さんの演出は、いいなぁ。
それと、達人tsumireさんと、同じようなことを感じて観ていた、というのも嬉しいです。

気がかりは、半平太退場まで、あと何回、渡辺さんの担当があるかってことなんですけど…。
頼むから、あとは全部、大友さんと梶原さんで頼みたい…。(涙)

2010/05/11(Tue) 20:48 | URL | 美冬 | 【編集
>なるほど!新しいドラマの楽しみ方を見つけたね ♪演出家当てっこ。

いや、これは今回渡辺Dの可能性が低いと思ったからやったけどさー、来週はもうできないな。

>なんか一人だけ、現代人の「福山」のまんま・・みたいな。

やっぱり脚本の龍馬が現代人の視点だから、龍馬と現在の福山雅治がリンクしちゃうんだけど、今回際立ってそう思ってしまったのは、大森半平太との1対1による対比が強烈だったから、というのはあるよね。脚本的には幕末の英雄でありながら、視聴者に一番近い人物としての龍馬を描きたいというのはあるのかもしれないけど、人間がきちんと描けてないからそれが成功していない。むしろドラマの中では浮いている。もう少し描きようによっては、この浮いている感じが他とは違うユニークな存在感を出す場合もあるかもしんないけど、ここではやっぱりそうはなっていないんだよなあ。

>だいたいこの時代の人間に現代と同じような「個の人間」って感覚ってあったんだろうか?

現代的な意味での「個」の自覚と認識はなかっただろうねえ。

>案外これが江戸時代の理想的な人間像なんだな...って気がしてきたよ。

理想的……かなあ? まあ土佐勤王党のリーダーになってなければ当時のそれなりの、ひとかどの人物だったのかもね。

>龍馬が当時としては相当"変なヤツ”で、半平太が儒教思想の理想的な落し子というか...。

私はいままで龍馬物の小説とかドラマってほとんど見た事がなかったんだけど、この「龍馬伝」を見るようになってから耳にした歴史的事実から受ける印象は、「好奇心旺盛な小学生がそのまま大人になったような男」っつー感じなんだよなあ。だから確かに「変人」だよね。一方武市半平太については、よくわかんねーなー。ドラマの中の半平太はなんか精神論を振りかざすあたり、儒教思想というよりも戦前の軍人ぽいけどなー。

>桜が散ってるから「あぁ今の4月なんだな」と思い込んでしまったよ。

私も一瞬、旧暦の5月って新暦の4月だったっけ?って思ったんだけど、先週iGoogle見た時に「立夏」って表示が出てたんで暦がちょっと気になっていたのよ。
2010/05/11(Tue) 23:50 | URL | tsumire→oha~さん | 【編集
>あえて演出の名前を見ないでおいて、ドラマを観ながら推理する…って遊びもアリですね。

超邪道ですけど(笑)。まあ今回は確率的に渡辺Dじゃないはず、と言い聞かせながら見ていたのでできたけど、渡辺確率(省略してW率)が高くなる来週はもうできないです。ちなみに今チェックしてみたら、大友さん演出率は36.84%、梶原さん率(まだ2回しかやってないけど)は10.53%、真鍋さん率(多分、もうない?)は21.05%、そしてW率は31.58%。W率、たけーなー。来週のビットは大友確率60%、渡辺確率35%、梶原確率5%あたりか。

>tsumireさんは、隅々までご覧になって分析・推理なさって、さすがです。

隅々っつーか。結局愛がないからかもね。ドラマとして大友さんや梶原さんが作り出す物語が見たいというのと、役者としてやっぱりすごい大森半平太を見届けたい、あとは濃い役者さんたちを堪能したいっつーのはあるんだけど、「ハゲタカ」みたいにドラマそのものやキャラに対しての愛はないもんなー。その点、美冬さんは半平太には愛があるもんね。うらやましいっす。

>桜のこと(「ふたりの京」の時の紅葉も)だって、旧暦と照らして考えるなんて観ているときは全然アタマの中になかったですもん。

桜はさ、ほら、無駄にうるさいから、私(笑)。紅葉は実は結構いつでも赤いのがあったりして、世間一般のイメージほどには実際には季節感がないんですよね。だからドラマの中であんなにあの紅葉がくっきりしているというのは、あれはわざわざそうしているんだっていうのがはっきりわかるんですけど。でも桜は明らかに開花期間が非常に限定されちゃうので、実は使うのはかなり難しいアイテムだと思うんですよ。イメージだけで引用されることがすごく多いですけど。ま、「龍馬伝」の中では色々バタバタしている時期なのでアレはアレでありだと思いますし、テーマをくっきりと浮き上がらせるためにも、今回の桜はよかったと思います。ドラマなんだから結局なんでもアリなんだし。

>ただ、桜が美しければ良い、武市半平太の武士道と美学を映している

だって今回の鷲津と桜、じゃなかった、半平太と桜はやっぱりよかったですよ。桜評論家(って、なんだよ)の私も太鼓判です(←なんの権威もないが(笑))。

>桜といえば、龍馬が確か桜の枝を持ってましたね。
>「ふたりの京」ではススキを持っていたし、龍馬が京都に行くときは何かを持たせるのが決まり?

へぇー、そうでしたっけ(←とことん龍馬を見ていない)。決まりっつーか、もしかしたら演技力に自信がない福山が手持ち無沙汰にならないように持たせているのか、はたまた、あの薄(加尾)や桜(半平太)が実は切実な思いで別れる相手を象徴しているのか、ですかねえ……。

>この回は、本当に梶原さんが担当で良かったですよ。
>渡辺さんが演出していたら、半平太さん、大惨事だったかも…。

いや、ほんと。あの台詞で渡辺さんのマンガ演出だと、また寄り目になりながら大絶叫のあげく泡吹いているかも(←ひどい)。言い方を変えれば、渡辺さんは人間の弱さや醜さ、愚かさを徹底的に描きだしたいのかもしれないし、彼なりに時代劇のわかりにくい部分を噛み砕いて描いているのかもしれませんけどー(←よかった探し)。でもまあ、多分かなり言い訳がましいシーンになっていたかもしれないですね。半平太が言い訳しながらおいおい泣いてたりして(しかも鼻水つき)。そしてそれを慰めながら道を正してあげてる愛と平和と正義の人、坂本龍馬~(棒読み)。

だいたい脚本はああいう舞台劇みたいな長台詞のご対面場面だったのかな。もしそうだったら、基本的に役者を信じていない福田さんとしてはかなり冒険だと思うんだけど。そういえば福田さんって今見てみたら山口県の出身なんだね。つまり長州出身……。もしかしてそういう意味でも、今回の演出が渡辺さんだったら、長州の一人負け状態の描写がどうなっていたのか、とか思いますねえ(ま、多分台詞で流してるだけになった可能性の方が高いけど)。

>そういう描き方は、歴史ドラマとしては、ものすごく違和感があります。

そうなんですよね。歴史物と現代ドラマの違いは何かといったら、歴史ドラマは実際に起きてしまってもう既に確定した事実がそこにある、それをどのように描くか、事実を変えずにどう解釈して表現するか、あるいは別の未来を生じさせたかもしれない可能性や考え方を描く事とかが重要。なのにその肝心な部分に目をつぶって、一方的に現代人の考え方が正しいものだとして描くのは、歴史ドラマをすごくつまらなくしてしまうと思うんですよね。

>やっぱ、梶原さんの演出は、いいなぁ。

ドラマの流れが自然なんですよね。あんなアレ?な台詞も多いのに、見せ方でこんなにも納得できるものになるんですもん(脚本が違ってたらもっとすごいドラマになっていただろうけど(泣))。でもじゃああの過呼吸は一体なんだったのかしら。やっぱりあそこは渡辺さんが撮ったんじゃ(←まだ言っている)。

>達人tsumireさんと、同じようなことを感じて観ていた、というのも嬉しいです。

別に達人じゃなくてただのドラマスキーですが、「あなたは、私なんだ」!(笑)。「龍馬伝」ネタは「おお、美冬嬢もやっぱり?」と思うところが非常に多いですけど、更新のタイミングも近いんですよね。いつも美冬さんに先越されちゃってるけど(自分のところの記事を書き終えて、さてこれでやっとよそ様のご感想が読めると思ってRSS配信のサブジェクトを見たら、いつも美冬さんとnanakoさんが先に書き終えてらっしゃるんですよ~(笑))。

>気がかりは、半平太退場まで、あと何回、渡辺さんの担当があるかってことなんですけど…。
>頼むから、あとは全部、大友さんと梶原さんで頼みたい…。(涙)

いや、ホントお願いしたいところですけど、もう撮影自体は終わっちゃっているんだよなあ。そしてこの間NHKに電話したんですけど、まだ放送してない分の演出担当が誰なのかは、視聴者なんたらセンターみたいなところではデータがないのでわからないって教えてくれなかったので、第27回まで無駄にやきもきしなくちゃなんねーのねー。いやはや……。あ、第22回は廃人Eさんのタレコミで大友さんっていうのがわかっているのと、nanakoさん情報で第27回は大友さんで確実みたいですけど。はぁ~(ため息)。
2010/05/12(Wed) 22:27 | URL | tsumire→美冬さん | 【編集
私「ハゲタカ」観るまで、あまり演出家って気にしたことなかったんですよね。
今までの大河でも気にならなかったんですけど、こんなに違うものなんだ、と、今年は違う視点で毎回チェック入ってます。(偉そーだけど回によってバラつきが大きいので気になる)

Wさんは、あちこちの半平太ファンからボロクソですね。(~_~;)
(とある方も「リミット」の時も押し付けがましかった!って言ってらしたし。)
前回18回目(Wさん)があんまりだったので、かなり凹んでたんですけど、梶原さんで生き返ることができました。

今回のワタクシのツボは、似蔵と収二郎を匿っている知らせを受けた時の半平太の
「何?!」の反応でございます!!
きゃー!鷲津っ!と変な声が出てしまった(笑)
『プライム11』の鷲津VS治のシーンがよぎってしまいました~。

やっっと美しい半平太も見られたし良うございました♡
2010/05/15(Sat) 03:10 | URL | BOOKO | 【編集
>私「ハゲタカ」観るまで、あまり演出家って気にしたことなかったんですよね。

私は毎回季節ごとのドラマ情報をチェックしているので脚本と演出もチェックしているのですが、どれも脚本と演出でそんなに違うというのをあまり実感することがなかったんですよね。演出で違うなとわかるのはせいぜいフジの鈴木雅之さんくらいなもんで。私もやっぱり「ハゲタカ」以降かな、演出の違いを意識してみるようになったのは。しかし今回の大河はねーー。まあ脚本がアレだから、よけいに演出さんの違い(どれだけアレな脚本をカバーして見られる物に出来るか)が見えちゃうだろうけど。

>Wさんは、あちこちの半平太ファンからボロクソですね。

半平太の所で演出の違いが鮮明になるからねー。やっぱりすごく難しいキャラですよね、半平太って。しかも大森南朋が演出さんの意向を汲み取りすぎるからな。

>似蔵と収二郎を匿っている知らせを受けた時の半平太の
>「何?!」の反応でございます!!

あ、そうだった! 忘れてたけど(←ダメダメ)私もあそこで一瞬ドキッとしました(笑)。だって今まであんな感じの場面なかったしね。

>やっっと美しい半平太も見られたし良うございました

そうか、それはよかった(by 鷲津政彦)
2010/05/17(Mon) 06:40 | URL | tsumire→BOOKOさん | 【編集
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