昨日体調不良のためにコミケ代表を引退したと言うニュースを聞いたばかりだったのに!

 ・マンガ評論家の米沢嘉博さん死去 コミケ代表長く務める(朝日新聞)
 ・訃報(コミックマーケット準備会)
 ・米澤嘉博氏、逝去(たけくまメモ)

米沢氏は数々の優れた漫画評論を出しているが、中でも「戦後少女マンガ史」(1980年、新評社)は画期的に素晴らしい本だった。この本が出た1980年ですら、きちんと同時代の少女漫画のことを書いた本は無かったのだ。今の若い人には全く想像もつかないことかもしれないが、かつて少女漫画は漫画界の中では格下の存在であり、漫画といえば少年漫画(もしくは青年漫画)のことをさしていた。少女漫画家は少年漫画家よりも格下に扱われていたし、雑誌などで漫画特集があっても取り上げられるのは少年漫画や青年漫画だけだったものだ。少女漫画家が少年漫画に作品を描くには高い高いハードルがあった。それが萩尾望都ら24年組の活躍によって少女漫画の世界は大きく広がりきちんと評価されるようになったとはいえ、まだまだ「漫画」は男の世界だった。

そんな中で出されたこの本は、正等派少女漫画一直線な私にとっても嬉しい衝撃だったのだ。その後出された「別冊太陽子どもの昭和史/少女マンガの世界」は目で見て楽しい資料本だった(ただし誤植がヒジョーに多かったのが残念)。「戦後少女マンガ史」の方はデータが出版年の前年で止まっているので、ずっとずっと、この続編が出るのを楽しみにしていたのだが。

コミケでは、私は1980年の川崎市民プラザで開催した回(多分第14回くらい?)から参加している。当時のサークル配置は今のようなジャンル分けがされてなくて、私が所属していた大学の美術研究会内漫研の向かい側にメジャー漫画家ファンクラブがいたり、すぐ横に当時の大人気ロリコンサークル(シベールだよ、シベール!)がいたりして、隣や近所の客の大行列のはざまでアップアップしていたものだった。もっとも同人仲間S川(参照:2005年8月15日「コミックマーケット68に行ってきました。」)なんざ、その行列にうちらの本をがんがん売りつけるというすさまじい営業活動をやらかしていたもんだった。

川崎での第1回目はそうでもなかったように思うのだが、第2回目などは会場を参加客の行列が何重にも取り囲んでいて、「すごい行列だよ!」と騒いだものだった。あと、もしかして今もやっているのかも知れないが、当時はコミケ終了後には代表を囲み参加サークルみんなで輪になって反省会をやっていたものだった。なにもかもが、みな懐かしい……(←沖田艦長で)。

心より謹んでお冥福をお祈りいたします。
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テーマ:同人
ジャンル:アニメ・コミック
コメント
えーーっっ、そうなの?
少女マンガってそういう扱いだったの?知らなかったぜ....
わたしはむしろたまに見る少年漫画の絵の雑さとコマ割りの粗さをさげすんでおりました。(まぁドカベンとか超人ロックとか999とかは見てたけどさ。あ、がきデカやマカロニホウレンソ荘も好きだったな。あとブラックジャックや釣りきち三平とか....あれ?なんかまだいろいろ読んでたような....蔑みながらも読んでしまう天邪鬼)
それにしても朝日新聞のニュースでも、もう「コミケ」でいいんだね。市民権を得たということか。言葉的には「オタク」の方が早く市民権を得たような気もするが。
それにしても一度読んでみとうございます、「戦後少女マンガ史」。あぁ、自分が一挙に少女に戻ってしまうかも....
2006/10/02(Mon) 13:42 | URL | suika | 【編集
>少女マンガってそういう扱いだったの?知らなかったぜ

少女漫画はねー、ほんと、「漫画」扱いされてなかったよ。何かで漫画特集やっても全然少女漫画なんか入ってなかったもん。「少女漫画は漫画じゃないのか!!」って何度も心の中で叫んだものさ。もちろん1980年頃には随分と違ってきていたけどさー。

>それにしても一度読んでみとうございます、「戦後少女マンガ史」。

これは図表がちょっと少ないので(文字のほうが圧倒的に多い)、一挙に少女に戻ってしまいたいなら、「別冊太陽子どもの昭和史/少女マンガの世界」の方がオススメ。当時の漫画作品の実物写真が満載だよん。
2006/10/02(Mon) 14:24 | URL | tsumire→suikaさん | 【編集
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